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いつまで経っても泣き止めない僕を、大樹さんは神社に引っ張りこんだ。夜の神社って結構薄気味悪いんだけど、今はそれどころじゃない。
「すまん、悪かった……お願いだから泣き止んでくれ、これじゃあまるで俺がお前に悪さを働いてるみたいじゃないかっ!!」
「うっ、うぅ……だって、僕だって、困って、る、のに……ふぇ」
ごめんね! 情緒不安定な自覚はあるよ! だけど、もう止まらないんだもん、しょうがないじゃん!!
心の中は饒舌でも、口から出てくるのは嗚咽ばかりで、ほとほと困ったという感じの大樹さんが僕の頭を撫でたのだけど、僕は咄嗟にその手を払い除けた。もちろんさっき彼に耳を引っ張られて痛い思いをしたのもあるけど、そうじゃない……
「耳は、触っちゃ、ダメ! 大事な、場所だからっ!!」
僕はフードを被りなおして、涙を拭う。耳と尻尾は大事な場所、無闇に他人に触らせちゃ駄目なんだ。
「なぁ、お前は一体誰なんだ? お前、昴じゃないだろう?」
「僕は、昴だよ、それは間違いじゃない」
「だが、その耳……それに、昴にはうなじにホクロがあったが、お前にはない」
うなじにホクロって……僕も知らない僕の特徴、なんでこの人知ってんの!? 怖っ!!
「それでもっ、僕は昴です。言った所で、信じて、もらえないかも、しれないけど……」
嗚咽を堪えて言葉を発する。なんかたどたどしくなっちゃった。深呼吸、ちょっと落ち着かなきゃ……
「何か事情があるのか?」
僕がこくんと頷くと、大樹さんは「ふむ」と頷いて「話してみろ」と、そう言った。
僕は信じてもらえるとも思わなかったのだけど、僕がこの一ヶ月間に体験した話を大樹さんにゆっくり語って聞かせた。
まぁ、僕とシロさんとの関係とか、そういう部分は関係ないだろうから省いたけど。
「じゃあなにか? お前は元々異世界人だけど、親の都合でこっちに暮らしていたのに、何かの拍子に異世界で暮らしていた兄弟の中に中身だけが引っ越したと?」
「うん、そんな感じ」
「そんでもって、その中身が入れ替わっていた兄弟が、うちの美鈴と一緒に居る昴なのか?」
「そう、僕の兄さん、北斗って言うの。あ……今はシリウスって呼ばれてるかも」
「シリウス……」
大樹さんが何かを思い出したかのように、その名前を口にした。
「確かに美鈴が、ここ最近その単語をよく発していた気がするな。まさか、名前だとは思っていなかったが……」
そりゃそうだよね、シリウスなんて名前の人、この日本に居ない訳じゃないかもしれないけど、たぶん相当な珍名には違いない。
「でも、そうか……中身が違っていたのか、なんとなく合点がいった」
「?」
「ここ最近、お前の雰囲気がずいぶん変わったと思っていたんだ。今まで『僕』だった人称も『俺』に変わっていて、美鈴は遅れた厨二病を発症しただけだとか言っていたが、年齢的にいきりたい年頃なんだろうな、となんとなく思っていたんだ。だが、そういうことじゃなくて、根本的に別人だったんだな」
「ちょっと、厨二病って……」
「急に意味不明にファンタジーな事を言い出したり、棒切れ片手に不良と大喧嘩していたって話も聞いているが?」
ちょっと待って! 聞いてない!! 嘘でしょ、シリウスさん!? 僕の身体で何勝手なことしてくれちゃってんのさ!!
「そんな風に急に悪い方へと転がって、それに美鈴が巻き込まれたのかもと思っていたのだけど、そういう話でもなかったんだな。というか厨二的な話であることは間違いないが、その耳といい、尻尾といい、どうやらニセモノでもなさそうだしな……」
いつの間にやら僕の尻尾がズボンの中から「こんにちは」していたよ。さっき膨らんだりしてたから、無意識に出しちゃったみたい。だってズボンの中、窮屈なんだもの。ちょっとズボンが下がるの、いただけないんだけど今が冬で良かったよ、お尻はなんとか上着で隠せてる。逆に言えば夏の薄着のシーズンは本当に隠しようがないから困ったね。
「その尻尾、触らせてもらっても……?」
「ヤダ!」
僕は尻尾を抱いて後ずさる、この尻尾はシロさん以外にはもう絶対誰にも触らせないって決めたんだ。だから、絶対嫌だ。
「さっき乱暴にしたのは謝る、すまなかった。だが、まさか、そんな猫耳を生やした人間がいるだなんて、普通思わないだろう?」
「そうだけど、だからってなんで触らせなきゃいけないの? もう見たし、充分だろう!?」
「いや、一応確認?」
「ぜっっったい、い・や!!」
そこまで言った所で、僕は周りに蠢く何かの気配に周りを見回す。
「ん? どうかしたか?」
大樹さんは何にも気付いてないみたいだけど、いる。紅く光る目が幾つもこちらを見ている。それはその辺をころころしている小さな魔物で、それほど害はないはずだけど数が多い。
「ここは、あんまり良くない」
「何が?」
何がと問われても答えるのは難しい、小さな魔物は大きな魔物の食べ残した残骸を食べるハイエナのようなもので、たぶん自ら僕達を襲うような事はしないと思う。それでも魔物は魔物だし、向こうの世界では排除対象だったんだ。だけど、こっちでは完全に野放しだもの、数が多いのは当たり前。数が多いとちょっと怖い。
「行こう、ここは嫌だ」
さっきまで大泣きに泣いていたせいで全然気付いてなかったけど、僕たち完全に囲まれている。
敵意? 興味本位? 向こうの魔物とこっちの魔物、姿形は似通っているけど、行動まで同じだとは限らない。
「え……おい、昴!」
僕が神社の入り口へと向かって行くと、魔物はころころと道を開けた。うん、やっぱり敵意はないみたい、だけど、ずっとこっちを見てる。
僕は改めてフードを目深に被って、尻尾もズボンの中にしまい込んだ。
「おい、昴、待てって、俺にはまだ聞きたい事が!」
「聞きたい事があるなら家で聞くから一緒に来て」
僕の言葉に大樹さんは怪訝な表情をしながらも付いて来た。ってか、肩に魔物乗せてくるの止めてくれないかな……他にも何匹か付いてこようとしてるし、この魔物たち人懐っこすぎない?
僕が彼の肩を払うようにすると、魔物はころりと転がって、きーきーと抗議するような声を上げた。
「ん? なんだ?」
「言っても信じないかもだけど、魔物が乗ってた」
「え……」
慌てたように大樹さんは自分の周りを見回して「何もいないじゃないか」と、怒ったように言うけれど、今も目の前にいるよ。本当に何も見えていないんだね。
魔物は灯りがあまり好きではないようで、煌々と街灯の灯る道路にまでは付いて来なかったから、僕はほっと胸を撫で下ろした。
だけど、ほっとしたら途端にお腹がぐぅと間抜けな音を立てて鳴いた。そういえば、僕、お腹空いてたんだった。
「ちょっと、コンビニ寄ってもいい?」
「その格好でか?」
「やっぱり、どっか変?」
「傍目には明らかな不審者だな」
どうやら、大樹さんは不審者っぽい格好の僕を怪しんで僕に声をかけたらしい。やっぱり、フードとか被ってると怪しいのかな? ちょっとおしゃれっぽい人に見えたりは……まぁ、素材が素材だから無理なのかな。
「僕、お腹空いた……」
そんな事を言っていたら、大樹さんはコンビニまで付き合ってくれて、「外で待ってろ」と僕を外に待たせると、お弁当と、ついでに肉まんまで買ってくれた。
「さっきの詫びだ」
そう言って袋ごと差し出されたお弁当、基本的には優しい人なんだよね……
2人並んで肉まんを食べながら家路に着くと、家の前で血相を変えた母さんが、家の周りをきょろきょろと見回していて、僕の姿を見付けるとつかつかとこちらへと歩み寄って来る。ヤバイ、勝手に出掛けたのばれちゃった……
「昴! あんた勝手に何やってんの!」
「ごめん、ちょっとコンビニまで……ついでに大樹さんにバレちゃった」
「!? バレたって……え?」
大樹さんが「こんばんは」と僕の横で頭を下げた。
「昴、バレたって、どこまで……?」
「えっと……全部?」
「昴!!?」
母が完全に顔面蒼白で、ぶっ倒れそうな勢いだ。大樹さん意外とすんなり受け入れてくれたんだけど、駄目だったかな?
「大樹君……?」
「大体の話は聞かせてもらいました。美鈴はそちらの事情に巻き込まれたと思って間違いないんですよね?」
「う……まぁ、はぁ……たぶん、恐らくは、間違いないと思う」
母の言葉の歯切れが悪い。
「詳しい話聞かせていただけますか?」
しばしの沈黙、母が大きな大きな溜息を零した。
「ちょうどクロームが目を覚ました。大樹君も一緒に話を聞くかい?」
父さんが目を覚ました! 母の言葉に僕は驚いたのだけど、大樹さんも大きく頷く。
僕達が家に入るとリビングでは「お?」と瞳を細めた二足歩行の猫が一匹、小さなティーカップを片手に寛いでいた。
その姿は本来のクロの姿そのままで、もふもふの大きなユキヒョウの獣人を想像していた僕は少しだけ拍子抜けだ。
「えっと、お父さん……?」
「そうだよ、昴。僕が君のパパで、大悪党の『大賢者クローム』さ」
瞳を細めた黒猫は、そう言って僕たちに、にっと笑みを見せた。
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