シロさんの旅立ち

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ラウロ様の屋敷の扉を叩くと、待ち構えていたかのように扉の中へと招かれた。昨日とはあまりにも違う対応に、思わず不審顔になってしまうのだが、それでも中に通してもらえたのはありがたい。 屋敷の奥、いつもの応接の間に通される。そこにはいつもと変わらないラウロ様、そして、その膝の上にはあまり顔色のよくないコテツ様がちょこんとラウロ様にもたれかかるように座って、私を待ち構えていた。 「来たか、シロウ」 「まるで私が来る事が分かっていたかのような口ぶりですね」 「来るだろうとは思っていたさ、目の前で嫁を攫われて、手がかりを掴めそうなのはコテツだけとなれば、お前がここに来ない訳がない。だが見ての通りコテツはこんな状態だ、わしとしてもあまり無理はさせたくない。コテツがどうしてもと言うのでこの場に連れては来たが、本来ならばまだ絶対安静だ」 「ラウロ、それは言わなくていい事だよ」 コテツ様がラウロ様の言葉を遮り私を見やる。元来『人』や『半獣人』は獣人ほどタフな身体の作りをしていない。それでなくてもこの集落には魔術を扱う者が少なくコテツ様の負担は大きい。昨日までの戦闘でよほど体力を削られたのだろう、コテツ様の体調がよくないのであろう事は一目瞭然だ。 「申し訳ございません、コテツ様。それでも私は……」 「分かっているよ、シロウ。それに私も気になっているのだよ、スバル君が魔物に攫われ、とって代わるようにあんな巨大な魔物が現れた。それが私の準備した転移門(ゲート)からだと言うのだもの、その責任は私にもあると思う」 「コテツ! 何を言い出す! そんな訳がないだろう!!」 「ラウロ、でもそれは事実だよ」 ラウロ様がコテツ様を抱き締めて「お前のせいなどである訳がない」と言葉を重ねるのだが、そんなラウロ様の腕を撫でながら、コテツ様は微かに瞳を伏せた。 「実は昨日のうちに私は南の砦に行ってきた」 「な、コテツ! あれほど寝ていろと言っておいたのに!」 「止められると分かっていたから黙って行った。すまないね、ラウロ。でも、行くなら早くに行かなければ全ての痕跡が消えてしまう、だから私は行ったのだよ」 「それで……」 「申し訳ないのだが、もう既になんの痕跡も残っていなかった。それはもう不自然な程に綺麗に魔術の痕跡は消されていた」 「そんな……」 「だが、それで分かった事がひとつある」 「え?」 「スバル君を攫っていったのは、少なくとも私よりも上位の魔導師であるという事実だよ」 コテツ様の言葉に多少の驚きはあったが、やはり……という思いも胸に湧き上がる。スバルを連れ去ったのは魔物ではない、恐らく間違いなく大賢者クロームだからだ。 「魔物が転移門(ゲート)を潜った痕跡ははっきりと残っていた。私の用意したゲートをそんな魔物の巣窟に繋げた者がいる。魔物を呼び寄せ、スバル君を攫った者は魔術の痕跡を追われ、身バレすると困るような者なのだろう。そして、私が追えないという事は少なくとも実力は私より上の魔導師、それとも賢者か……」 「コテツ様、コテツ様はうちの父にシリウスについて何か聞いていたりはしませんか?」 「ん? なに? 突然?」 「父の書斎にあった魔道具に、スバルの無事な姿が映りました。スバルは生きています」 「!?」 驚きの表情のコテツ様「その魔道具どこにあるんだい!?」と、身を乗り出すのをラウロ様が制止する。 「今はウルが持っています。スバルは言っていたのです、自分とシリウスは双子の兄弟だった、と。元々のスバルの姿には耳と尻尾はなく、スバルはどうやら『人』であったらしいのですが、その顔自体に違和を感じている風ではなかった。顔は自分なのにと不思議そうな顔をしていたのは、シリウスとスバルが双子の兄弟であったからであるようなのです」 「シリウスとスバル君が双子……」 「恐らく今、シリウスとスバルは同じ場所にいるのではないかと思うのです。その魔道具にはスバルの母親と名乗る人物も一緒に映っていました」 何かを考え込むようなコテツ様、そしてそれを心配そうに覗き込むラウロ様も何か物言いたげだ。 「だとすると、現在スバル君のいる場所は……」 「この世界ではない何処か別の世界」 「中央(セントラル)ではなく?」 「何故中央だと思うのですか?」 「私がジロウから聞いているのはシリウスが犯罪者の子であるという事だけだよ。その者は現在中央に囚われていると聞いている。親が犯罪者だとしても、子は何も知らない幼い子供だ、何も知らないまま普通の生き方をさせて欲しいとそう頼まれていた」 「父はその囚われの犯罪者が誰かを知っていたという事ですね? コテツ様は聞いていなかった?」 「一体それは誰だったんだい? シロウはそれを知っているの?」 コテツ様の問いに答える事はできない。きっと言えば、もうこの件には関わるなと言われてしまうのが関の山だ。 私は黙したまま頭を下げた。 「ありがとうございます、自分が次に何をすべきかの見当はつきました」 「え、シロウ?」 「もしかするとご迷惑をおかけするかもしれませんので、私はもうこの町には戻りません。長い間お世話になりました」 「ちょ……シロウ!? ねぇ、ラウロ、シロウを止めてよ! どういう事!?」 「お前は知らない方がいい」 そう言ってラウロ様がコテツ様を抱き締める。もしかしたらラウロ様は聞いていたのだろうか? だとしても、もはやもう聞くべき事はない。私はもう一度頭を下げて踵を返した。 鍵を握るのは私の父親、父は何かを知っている。スバルの出生に関すること、そして『大賢者クローム』の犯した犯罪について、そして現在スバルが何処にいるのかも恐らく知っているのではないかと、そう思う。 そのまま家に取って返し、旅の荷物を引っ掴み家を出る。きっとこの家にはもう二度と戻れない。感傷が全くないと言えば嘘になるが、私にはそれより大事な物ができた。私はこの家を巣立たなければならないのだろう。 町の門を潜ると「シロウ、行くのか?」と、声をかけられた。 「またお前か……」 門に寄りかかるようにしてそこにいたのは銀灰色の大きな狼、グレイだ。若衆の中で最年長、既に嫁を娶る資格も持っているのに何故かそれをせずにこの町に燻ぶっていたグレイが旅装束だ。 「その格好、お前も何処かに行くのか?」 「まぁな。どうせなら旅は道連れ一緒に行こうや」 「いらん! 私は1人で行く!」 そう言って、歩き出した私だったのだが。苦笑したようにグレイは付いてきた。何を考えているのかまるで分からないその行動。グレイは何か知っているのか? ウルにでも話を聞いたか?  「そんな嫌そうな顔するな、ほれ行くぞ。というか、お前は一体何処へ行く?」 「東の大陸イグシード」 「ほぉん、奇遇だな。俺もそっちに向かう所だ」 「絶対嘘だろ!」 「まぁまぁ……」 私は苦虫を噛み潰したような表情になってしまうのだが、それを知ってか知らずか、グレイは笑った。
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