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僕と僕の愉快な家族
僕の前に現れた黒い二足歩行の猫は僕の父親なのだそうだけど、僕はその姿を唖然と見やっている。だって僕の考えていた父さんの姿と全然違う。僕の父親は写真で見る限り大きな体躯のもふもふのユキヒョウで、決してこんなに小さな黒猫ではなかったはずだ。
「本当に父さん……? なの?」
「そうだと言っているだろう? それに父さんなんて堅苦しい、パパと呼んでくれないか?」
「え……パパ?」
「なんだい? マイ・ベイビー」
ちょ……『マイ・ベイビー』とか素で言う人初めて見たんだけど! いや、そもそも人じゃないけどっ!
「ん? んん?」
心のツッコミが追いつかない僕が唖然としていると、目の前の自称『パパ』を名乗る小さな黒猫が手にした小さなカップを置いて、何かの匂いを嗅ぐように僕の周りを回り始めたと思ったら、急に滂沱の涙を流し始める。
「昴君!? これは一体どういう事だい!? 僕は聞いてない! 聞いていないよっ!!」
「え? え? 何が? 何の話!?」
「相手は何処のどいつだい!? 一体どこの何様なのかな!? パパの許可も得ずに、僕のベイビーの貞操を散らすなんて何たることかっ! それに僕は昴君をそんなふしだらな子に育てた覚えはないよっ!」
「いや……そもそも育てられた覚えないし……」
「酷いっ! パパはいつでも昴君と一緒にいたのにっ!」
「えぇ……」
小さな黒猫が小さな掌で顔を覆って泣き続ける。ビジュアルは可愛いんだけど、なんかどう反応を返していいのか分からなくて物凄く困るんだけど……
「貞操を散らすってあんた……」
母さんが青褪めた表情で、僕に詰め寄る。え? こっちも? 恋愛なんて自由だろ? 別に僕が誰と何しようと親が口出すことじゃないんじゃない!?
「あんたまさか向こうの世界で獣人と……」
「だって僕、向こうの世界で生きていくつもりでいたし、シロさんは僕を愛してくれるって言ったし……」
「相手はジロウの子か!」
「おのれジロウめ、一度ならず二度までもっ!」
両親が2人揃って怒っている、いやいや、でもちょっと待ってよ!
「僕、無理矢理襲われた訳じゃないし、合意の上だし別に良くない?」
「良い訳がないだろう! お前はまだ未成年だし、それに私はまだおばあちゃんにはなりたくない!」
「そういう問題じゃないよ、由紀ちゃん!?」
『由紀ちゃん』というのは母の事、大崎由紀子(おおさきゆきこ)が母の名前。なんか普通に仲良いね?
「だったらどういう問題だって言うの!」
「僕達の子供が獣人に弄ばれたって事だよ! 由々しき問題だろっ」
「そこはそれ、恋愛は自由だから」
「由紀ちゃん!?」
うん、やっぱり僕の感覚は母さんに近いのかな。言ってることは自己中だけど。まだ、おばあちゃんになりたくないって、そんな子供なんてねぇ……? 少し不安になって腹を撫でた。
「できてる可能性、あるのかな?」
あの時は気分の盛り上がりのままにできてもいいと思っていたけれど、そもそも僕の身体は男性体だし、本当に子供なんてできるのかな? あの世界は男女の性差はあってないようなものだけど、僕とシリウスさんはあっちとこっちのハーフみたいだし、そこの所どうなんだろうね?
「最後にしたのはいつ!? ちゃんと避妊はしたの!?」
「えっと、避妊はしてない。そもそも向こうの世界にそういうのってあるのかな? 最後にしたのは……って、そこはプライバシーだよねっ!」
「獣人に子供ができる確率はこっちの世界に比べて格段に低い、そう簡単に子供はできていないと思うけど……」
「どの口がそれを言うのかしら? あんたなんてほぼ一発必中だったでしょうがっ!」
母がクロの頬をみょーんと横に引っ張っている。いや、アレはクロじゃない、だけど見た目はクロなんだもん、なんだか止めた方がいいのか、放っとけばいいのか迷う。
「ゆひひゃん、やみぇて……」
「全くクローム、あんたはほんっとに、厄介事しか持ってきやしない」
「えぇ、これって僕のせいだった!?」
「面倒ごとのほとんどは全部全部あんたのせいよっ!」
引っ張られた頬を撫で撫で、反論する父さんに母さんの言葉は辛辣で、それはさすがに八つ当たりなのでは? と思ってしまう。ちょっと父さん可哀想。
「あの……ちょっと、すみません……」
ふいにかけられた声に振り返る。部屋の入り口付近で困ったような表情で僕達に声をかけてきたのは大樹さん、あぁ、そういえば居たんだった、すっかり忘れていたよ。
「ん? 君は確か橘さんの家の大樹君?」
先程まで滂沱の涙を零していた黒猫が自身を取り繕うようにくるりと回った。でも、格好つけようとしても無駄だから! 行動がいちいち可愛く見えるだけだからっ!
「あの……はじめまして? ですかね? あなたが昴のお父さんなんですか?」
「うむ、確かに僕が昴君のパパだよ」
綺麗に背筋を伸ばして立つ、二足歩行の黒猫は皆に上から見下げられるのが少しばかり気に入らなかったのか、よいしょと机の上によじ登った。父さん魔法使いなんだし、そこは魔法を使えばいい気もするんだけど、自力なんだね。
「話しはいくらか昴から聞いているのですが、あなたは今うちの妹が何処にいるか分かりますか?」
「ん? んん? う~ん……たぶん北斗君と一緒にいるんじゃないかなぁ……」
「それは、あなた方が言う所の向こうの世界って事ですよね?」
「まぁ、そうなるかな」
「そうなるかな……って、なんでそんな事になってるんですか!? うちの妹返してください!」
「そうは言っても、美鈴ちゃんは自分の意思で北斗君に着いてっちゃったんだよ?」
「何でですか!?」
「いやぁ、それを僕に問われても……」
父さんは腕を組んで、机の上をくるくると考え込むように歩き回る。
「だったらもういいです、俺もその向こうの世界とやらに送ってくださいっ、何をやってるのか知らないが連れ戻してやる!」
「うん、それは無理!」
「何でですか!?」
「だってゲートが開かないし、僕の魔力量も足りないからどうにもならない」
「どうにもならないって……そんなの困ります!」
「こっちだって困ってるんだよ、昴君をこっちに引っ張り込んだ事で溜め込んでた魔力ほとんど使いきっちゃったし、そのどさくさに紛れて北斗君は向こうに戻っちゃうしっ! せっかく久しぶりに家族4人で楽しく家族団欒できると思ったのにぃ!」
えぇ……この状況で家族団欒とか、あり得なくない? ってか、この人なんだか言動がちょっと変。
「僕もできれば向こうに戻りたいんだけど……」
「なんで昴君までそんな事言うの!? そんなにパパが嫌いなの!?」
「好きとか嫌いとかそれ以前の問題で、向こうの人達絶対心配してると思うし、僕も向こうの方が性に合ってる気がするし……」
「でも、僕は向こうに帰れないんだよ!?」
「う~ん? 魔王の手下っていうのが誤解なんだったら、ちゃんと弁明して誤解を解いてもらったら?」
「だってあいつ等、聞く耳持ってくんないんだもんっ!」
小さな猫が机の上で地団太を踏む。いや、ホント、動きだけ見てると可愛いし、癒されるんだけど、これが自分の父親かと思うと正直ちょっと微妙だね。
「まぁ、僕はほとぼりが冷めたら帰ればいいと思っているし、なんならこっちで生きていくのも有だとは思っているけどね」
「ほとぼりが冷めるって、それ一体何年後の話?」
「1000年か、2000年か……そのくらい経てば、大丈夫じゃない?」
「それ、確実に僕達死んでるよね?」
「大丈夫、大丈夫、君達は死なないよ。僕の大事な人達は僕が死ぬまで絶対死なない魔法がかけてあるからね」
「え……?」
母が額に手をあて大きな溜息を零した。
「どういう事?」
「どうもこうもない、クロームの言う通りさ。私達家族は死ぬ事がない、死ぬ事ができないんだ。おかげで私も歳を取らないのはありがたいが、一所に長く住むことができない。さすがに私も20年近く容姿が変わらないものだから実家にも帰れなくなって、困っているんだ」
「え……そうなんだ」
「しかも中途半端に出会った歳で止められて、どうせなら若い姿で止めてくれたらいいのにっ!」
引越しばかりだったのは父さんが問題を起すせいかと思っていたけど(もちろんそれも理由のひとつなんだろうけど)そういう事情もあったんだ? そういえば母さんの年齢って幾つなんだろう? あんまりはっきり聞いた事なかったけど、実年齢はもしかして、僕が思っているより上なのかな?
「由紀ちゃん、無茶言わないでよ。僕は流れる時間は止められても流れてしまった時間は取り戻せない。ましてや遡るとか、神の所業だからね。さすがに天才の僕でもそれは無理」
「だったら僕達は? 僕達は今まで普通に成長してきたと思うけど……?」
「うん、君達は赤ん坊のままで止める訳にもいかないから、自分の好きなタイミングで選んでもらおうと思って時期を窺っていた所だよ。どうする? 今のままで止める?」
えぇ、突然そんな事言われても困る……
「とはいえ、今、僕の魔力空っぽだから今すぐには止められないんだけどね」
「あぁ、そうなんだ。だったら別に……」
って言うか、それってどうなんだろう? 死なないってどういう感じなんだろう? 歳を取らずに若い姿のままで生き続ける? それって秦の始皇帝も追い求めた不老不死ってやつだよね? 父さんは『自分の大事な人』だけみたいに言ってたから、きっと僕達の周りの人達は皆普通に歳を取って死んでいくのに、それに取り残されるのってどうなんだろう?
向こうの世界では『獣人』と『人』とは生きられる長さも違うみたいだったし、そういうのも有りかな? って思うけど、この世界では不老不死なんて生きにくいばっかりで良い事ない気がするけどなぁ。
「さっきから魔力、魔力とっ! それは一体どうやったら回復するんですか!? なんかこう、ゲームみたいにアイテムかなんかでぱぱっと回復させたり出来ないんですか!?」
焦れたように大樹さんが叫ぶ。
「う~ん? 向こうの世界にならそんなアイテムももちろんあるけど、こっちの世界にはそんなモノはないからね、自然に回復するのを待つしかないかな? こっちは魔法が認知されていないから本当に不便だよね。精霊なんかは普通にいるのに、手持ち無沙汰でイタズラばっかりしているよ」
「え……こっちの世界にも精霊っているんだ?」
「もちろんいるよ。こっちでは妖怪とか妖精とか呼ばれているみたいだけどね」
妖怪や妖精が向こうの世界の精霊なんだ……? うん、でも言われてみたら、ちょっと似てるかも?
「そういえば、こっちの世界に帰って来てから魔物はたくさん見かけた」
「うん、そうだね。こっちにも魔物はたくさんいるね。だけど、皆、見えてないの本当に可笑しい。見えている人もいるみたいなのに、皆見えないふりで過ごしているし、魔物も魔物でこの世界では自分達が脅かされたりしないものだから、呑気に共存していて僕も驚いたよ。向こうでは魔物は問答無用で排除対象だったけど、こういう共存の仕方もあるのかって、目から鱗だったよ」
「やっぱり向こうの魔物とこっちの魔物って違う?」
「基本的な生物としての仕組みは同じだと思うけど、気質が違うね。こっちの魔物は基本的に人を襲わない。まぁ、なかには襲ってくるのもいるけど、極稀だね。自分達の住環境が脅かされたりしなければ魔物も大人しいもんなんだって、こっちに暮らして初めて知ったよ」
先程神社にいた魔物たち、僕達を興味深そうに見守っていたけど、確かに襲ってくる感じではなかったし、どちらかといえば懐いてくる感じに見えたんだけど、どうやら僕のその感覚は間違ってなかったみたいだ。
「ただし、自分のテリトリーを荒らされるのは極端に嫌うみたいだね。こっちの世界には魔物を狩る者がほとんどいないから余計に、縄張り意識は強いみたい。だから僕も下手に魔物に手は出せなくて、魔力の回復ができないんだけどね」
「どういう事?」
「向こうの世界では皆、普通に魔物を食べていただろう?」
「うん」
「それが向こうの世界での僕達の魔力の供給源。アイテムだって魔物の肉や触手から作られているんだよ。言ってしまえば魔物が居なくなったら僕達は魔法が使えなくなる、そういう意味では僕達も魔物と共存していたと言えるのかもしれないね」
えぇ!? だったらビットさんのお店で買ったお茶って、もしかして魔物の触手を乾燥させた物とかそんな感じだったりしたのかな? なんて言うか、それはビックリだよ。
「だったらあんたはその辺に居る魔物を捕まえて喰えばいいんじゃないのか? そうすれば魔力は回復するんだろう?」
「まぁ、そうだね。だけど、さっきも言ったようにこっちの世界の魔物は自分達が狩られないから大人しいのであって、狩られるようになったら逆に人を襲うようになるよ。僕がそれをする事で見知らぬ他人が魔物に襲われて殺されるとか、後味悪くない?」
言われてしまえば確かにその通り。
「食べれば回復は早いけど、食べなくても自然回復はするんだから、だったら穏便に暮らした方が僕はいいと思うんだよね。なにせ時間は無限にあるんだし」
「いや、時間は有限だろ。あんたみたいな人外と俺達を一緒にするな」
「人外だなんて、心外なっ! 本当にこの世界の『人』は頭が堅いし、見えるものしか信じないし、融通が利かないんだからっ!」
小さな黒猫は腰に手を当て、大樹さんを指差して怒り心頭でぷんぷんしているのだけど、やっぱりその姿は可愛らしくて困る。ちょっと写真撮っていいかな?
「まぁ、でもね、魔力が回復する前に昴君が年寄りになっちゃっても困るし、考えがない事もないんだけど……」
「何か魔力回復の方法が他にあるの?」
「いや、魔物を食べる以外に魔力回復の方法は他にはないよ。ただ、こっちの魔物に目を付けられずに魔物を喰らう方法がない訳じゃないって話。だけど、それは僕1人でやるには難しくてねぇ」
ちらりと僕と大樹さんを見やって「聞く気はあるかい?」と小さな黒猫は瞳を細めて小首を傾げた。
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