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おおかみのつくるオムライス
「はい、どうぞ」
ことりと音を立て、テーブルにオムライスの乗った皿が置かれる。更にその隣にはプチトマトのグリーンサラダ、マグカップに入ったかきたまスープ。
「……いただきます」
「はい、召し上がれ」
テーブルの上に食事を乗せ終わると、にこにことした顔で正面に座ったのは同級生の三田村。
ムカつく程の長身と、認めたくはないが、多分、世間で言うイケメンという顔立ち。頭の出来も悪くなく、更に人格者とくれば美人でも可愛い系でも彼女には困らなそうなのに。こいつは狭いアパートで何が悲しくて同級生に飯を食わせているんだろうといつも思う。
スプーンを手に取り、黄色い半熟の卵を中身ごと掬う。中身はケチャップライス。だけど、味付けはケチャップだけではないだろう、よく分からないが、何か調味料らしきものを入れているのを見た、あと、チーズも入っているそうだ、これは聞いた。
「うまい……」
「よかった」
オムライスから目線を三田村に移せば、やはりにこにこ顔。
大学の同級生、たまたま同じ学部で、たまたまアパートの部屋が隣同士、友達になるのに時間は掛からなかった。入学から二年経ち、変わった事と言えば夕飯を三田村の部屋で食べるようになった事。
居酒屋でアルバイトを始めた三田村が料理を覚え、それを振るまってくれるようになったのは三ヶ月程前「飯作ったから食べに来いよ」オレはその誘いに即乗った。
自炊もたまにはするがほとんどコンビニ飯、もしくは牛丼屋などの外食。そんな食生活だったので誰かが作ってくれる料理は魅力的だった。
作ってくれた夕飯を食べ「うまいな」そう言うと三田村は今まで見た事もないような笑顔で「また作るから来いよ」なんて言うから、それからというもの夕飯を三田村の部屋で食べるのはオレの習慣になった。
ケチャップライスの上に乗るのは半熟の卵で、絶対自分ではこんな風にとろとろに作れない。そもそもオムライスなんて作れないけれど。
サラダはスーパーで袋詰めで売っているレタス、キャベツ、キュウリのミックスサラダにプチトマトをトッピング、青じそドレッシング。スープは即席でない、鍋から作った和風っぽいかき卵が入ったもの。オムライスの具にも使っているミックスベジタブルがごろりと入っている。
知り合って二年、この部屋に来たのはもう何度目か分からない。だけど、泊まった事はない、自分の部屋が隣なのでこの部屋に泊まる必要を感じた事がないからだ。友達、それ以上でも以下でもない、いや、親友と名乗ってもいいか?
だけど、最近感じるのは、友達に向けるものか?と疑問が浮かぶような三田村からの視線。
ぱくぱくとオムライスを口に運ぶ、コーンもニンジンもすきだけど、グリンピースはあまり好きではない。だからなのか、いつもグリンピースは少な目だ(完全に取り除く事はしてくれない)
「グリンピース多い?」
「ん、別に…」
「そんなにきらい?」
「別に、きらいって程じゃない…食べられるし」
「そうだよな、香川って好き嫌いあんまりないよね、作る方としては助かる」
「…」
にこにこにこにこ、そんな擬音が三田村から溢れ出しそうだ。割といつも柔らかい表情の三田村、自分といえば愛想がいいとは言えないからそんな風に笑顔が作れるこいつを少しだけ尊敬してしまう。
でも、それとこれとは別。
いつだろう、気付いたのは。三田村はオレが食事をするのをじっと見つめてくる、見ていると食べずらい、何度も言ったのに直さないので今では慣れたし、掛け合うのが面倒くさい。
聞いた事もある。何故そんなに見てくるのかと。
「自分の料理を美味しそうに食べているのを見るのがすきなんだ」そんな風に言われては無下にも出来ない。まぁ、八割方面倒なだけだけど。
だから好きにさせているが、見すぎではないか?と突っ込みたい。オレなんか見たって楽しくないだろ? 三田村と違って平凡な自分、特徴のない顔に中肉中背、平凡だし、平均値といってもいい。それなのに、三田村はじっと食べているオレを見つめてくる。
普段の三田村も誰かをじっと見つめる事があるのだろうか、そう思い観察して気付いた事があった。実はこれは気付きたくなかったのだが。
……こいつは普段から誰かをじっと見つめる事などしない。オレ以外、はだ。
食べている時だけかと思ったが、そうではない。こんな風にじっと見てくるのは食べている時だけだが、それ以外で一緒にいる時もよくオレの事を見てくる。
なんで? なんで、お前オレの事ばっか見てるの? そんな事聞ける訳ない。
だけど、そんな風に見られて、その視線の持ち主の顔を見てしまうともしかしたら、なんて思ってしまうではないか。
だって、お前分かってる? オレを見るお前の顔の、嬉しそうで、そして、愛おしそうで。
だからオレは何も言えなくなる。
「あ、ソース、付いてる」
「え?」
「ここ」
ここと言って三田村は自身の口の端を指で示す。オレはそれを見ながら自分の口の端を拭う、だが指にケチャップらしきものが付かない。
「違う、逆」
「は…お、おい…ぅう…」
すっと伸びてきた三田村の指が香川の口の端に着いた赤いケチャップソースを拭い、そのまま横に滑り唇に擦り付けられた。
「とれたよ」
「…口で言えば分かる」
「…そう?」
ふふっと三田村が笑い、その目が細まる。
「…うまそうだな」
「……」
食べていないのか?と聞こうとして口を閉ざす。ケチャップを拭った指を舌先で舐める、そんな場面で目が合えば何も言えなくなるではないか。ていうか、ティッシュ使え!!顔を逸らし、スープを飲んで誤魔化す。
「食べていい?」
ワントーン、低くされた三田村の声。
「…え」
頬付えでにこりと笑う三田村。だけど、目が笑ってない。
「…だ、だめだ、これは、オレの」
「そっかぁ…残念」
また、ふふっと、今度は妖しく笑う。笑ってない瞳は見た事のない、何かを狩ろうとするような、射ようとするような、それでいて熱を帯びた視線を送って来るから。
まるで、目の前の男が捕食者のように見える。
「…だめだ」
底知れぬ恐怖に、だめ、としか口に出来ない。
「なぁ、香川、今度何食べたい?」
だけど、そう聞いてくる三田村はもういつもの善良な顔で笑っている。
「…ハンバーグ」
「あははは」
子供っぽいと笑われたのかもしれない。そう思う事にしよう。
だって、そう思っていればまたこの部屋で美味い飯にありつけるから。
ここが狼の家で、自分が知らずに紛れ込んでいる羊だなんて、今は考えないように。
「いいよ、作ってあげる、お前の望むものなんでもね」
三田村は愉しそうに笑った。
おしまい
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