Green Eyed Monster

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   海辺の別邸から街道を上がって港へ入り、更に東。丹羽川を挟んで居留地の対岸に構えられた山千組の社屋には、桐吾もよく顔を出していた。岳は桐吾と同い年の幼馴染みであり⋯⋯おそらくは、嘗ては恋人だった事があるのではなかろうかと推察している。屋号に『千』の字、桐吾の幼名を一字戴く辺り、隠す気もないのだろうが。 「旦那様!こんなむさ苦しい所へわざわざお出向き下さらずとも、こちらから商会に伺いましたのに!」 「いや、私用で尋ねたい事があったものでね。元気そうで何よりだ」 「旦那様も相変わらずでございますねぇ。お若さの秘訣はやっぱりフォール先生ですか」  岳はにやりと笑うが、不思議と嫌味がない。このかっちりと着こなしたシャツとズボンの下に、鮮やかな竜が彫り込まれている事など想像もつかないほど、多くの若い衆を束ねる組頭と言うには洗練された空気を纏っている。  桐吾と─────とても似た空気だ。浅黒い肌に茶色の癖毛と、容貌は少しも似ていないのに。 「この人に負けないように、夜明けから乾布摩擦と素振りに精を出してるんだ」  ジェイムズは、作り笑いの苦笑いで岳が揶揄うのをいなしている。考えても詮無い事だが、桐吾が生きていれば⋯⋯こうして睦まじくやり合う姿を見る事がいずれはあったのかも知れないと思うと、胸がぎゅっと締めつけられてしまう。いかんいかん。全くもって詮無い事だ。
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