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「それがちょうど一年前の事です」
「一年⋯⋯」
「うちで面倒見る事になったって、おいそれと旦那様にお目通りって訳にも行きません。まして金を積まれたってねぇ。兎にも角にも生きる算段を立てるのが先決と、読み書き算術から始めまして」
私に会う為には賢くならなければいかんと言う弥助の言葉を信じ、直向きに励む青年を、弥助は実の子か孫かと言う程に可愛がっていると言う。別に私に会うのに金も資格も要らぬのに⋯⋯
今では東鷹病院でも、仕事に必要な文字なら問題なく読み書き出来るようになったが、朔夜は仕事を終えてからも毎日遅くまで本や新聞などを読んでは知識を蓄えようと精を出しているそうだ。
「なんといじらしい⋯⋯」
「ええ、まったく。そうして頑張れば、いつか旦那様にお会い出来ると信じてたんですから、先日は帰って来るなり私に飛びついて来ました」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
恐る恐る⋯⋯⋯ジェイムズに視線を移すと、大きな碧い瞳が今にも零れ落ちそうな涙を湛えている。心底吃驚した。
「なっ⋯⋯泣かないでっ⋯⋯」
慌ててチーフで拭おうとすると、さっと掠め取られて鼻を擤まれた⋯⋯⋯
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