第一章 不死身のボーイフレンド

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   ///  今朝も西見藍生は二限目に遅刻して出席した。  生徒指導室の常連である彼の素行はクラスどころか学年全体に知れ渡っていて、いちいち反応する生徒もいない。彼自身もそれは承知の上で、遅刻者にあるまじき堂々とした足取りで並んだ机の合間へと入り込んだ。  藍生の席はわたしの右隣だ。数式の説明中だった眼鏡の教師が冷やかな視線を送る。それを軽く受け流しつつ、何食わぬ顔で席に座った。背負っていた水色のリュックを下ろし、こちらを向くことはない。  話しかけたい。というより説教したい。ルールくらいきちんと守れって。  既に授業はまとめに差しかかっている。着いたばかりの藍生の頭には入ってこないだろう。筆記用具を出すそぶりさえ見せない。これで定期テストは成績上位なのだから嫌味なやつだ。  チャイムが鳴って授業が終わり、教室は途端に騒がしくなる。二限目が化学実験室で行われることもあり、続々とクラスメイト達は移動を始める。  わたしは友達に先に行っておいてと伝えた後、特に急ぐ様子もない藍生の後頭部をひっぱたいた。  思いのほかいい音がして、若干数残っていたクラスメイトの視線がこちらに集まる。でもすぐに、ああまたいつもの夫婦喧嘩か、と納得した顔をして教室から出ていった。  残ったのはわたしと藍生の二人きり。  周りがわたしたちを恋仲だと勘違いしてくれているから、何をするにも勝手に解釈してくれるので色々と手間が省けている。実情とは異なるし、正直わたしは不服だけれど、都合はいいので訂正していない状態だ。  ちなみに叩かれた本人はというと、今のでようやく目を覚ましたようだった。  のっそりと彼の頼りない背中が動く。 「今のは痛かったよ、歌奈(かな)さん」 「そのくらいしないと起きないでしょ」 「寝てなんかいなかったし」 「じゃあその眠たそうな目はなんなのよ」 「生まれつき」  言ったそばから大あくびをしつつ、藍生はリュックの中から筒型の青い筆箱を取り出した。ラメの入った装飾つきの、男子が使うにはちょっと可愛すぎる感じのペン入れだ。
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