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教卓の横に掛けられている教室の鍵を取り、扉に鍵を掛けて廊下に出た。別棟にある化学実験室まではゆっくり歩けば三分程度で着く。なので少し早歩きだ。
そんなわたしの後ろから、藍生の足音と声が聞こえる。
「歌奈さんは真面目だねえ」
「きみも見習って」
「前向きに検討しておきます」
「そんなに難しいことじゃないと思うんだけど」
渡り廊下を抜ける。窓越しにみえる中庭の広葉樹は深い緑。ひと月ほど前までは薄桃色の花が頭巾みたいにまあるく咲いていた。それも知らないうちに散ってしまっていたらしい。
早足で追いついてきた藍生が隣に並ぶ。
「焦らなくても大丈夫じゃない? まだ時間あるよ」
「遅刻常習犯らしい意見をありがとう」
「どういたしまして」
「そういうギリギリで時間の勘定をしているから遅刻するのよ」
「説教は聞きたくないなあ」
「ならもっときちんとして」
どうしてわたしがこんな風に面倒を見てやらないといけないのだろう。
藍生に少しでも生活態度の改善をしようという意志があったなら、まだよかった。けれど彼はいっこうにそういうそぶりを見せないし、わたしがどんなに口うるさく言ってもまともに聞き入れてくれない。
担任や生徒指導の先生に相談したら、既に手は打ってあるとだけ返された。その効果は、今のところ見受けられなかった。
「大人の考えていることはわかんないなあ」
「きっと悪いことだよ。だからわからなくていい」
「ピーターパンみたいなことを言うのね」
「僕は永遠の少年じゃないよ」
「知ってる」
でも、不死身ではあるんでしょう。
一度は上映された物語をただ眺めることしかできないわたしとは違い、藍生には物語の筋書きを変える力がある。
羨ましいなんて思わない。でも、それを使ってズルをすることは看過できない。
そしてその行いを知覚し、是正することができるのはわたししかいないのだ。
「で、大人っていうのは誰のことを指しているのかな」
「少なくともきみじゃないのは確か」
「そりゃあね」
お互いの顔も見ず、気のない会話を交わして歩く。
けれどどうしようもなく、わたしたちは繰り返される時間の共有者だ。
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