第一章 不死身のボーイフレンド

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   /// 「別に悪巧みなんてしていませんよ」  (くだん)の大人のうちの一人、副担任の木野(きの)御鈴(みすず)先生は間延びした声で言った。  放課後、わたしは日直の仕事で提出物を職員室へ運んでいた。するとたまたま木野先生と遭遇したので、藍生への指導の進捗状況を尋ねてみることにしたのだ。 「毎日呼び出して説教するばかりが生徒指導ではありません。じっくりぬるま湯から慣れさせていくのも立派な指導です」 「そういうものですか」 「ええ。でもまあ、建前といえば建前です」 「本音は?」 「彼の性根はそう簡単に変わらないんじゃないかなって思います。あくまで一個人としては、ですけどね」  (まる)い眼鏡の向こうで笑う目。澄んだ瞳は彼女の親しみやすさの象徴だ。  木野先生は昨年赴任してきたばかりの国語教師で、他の先生たちと比べると格段に若い。言動がおっとりしていて愛嬌があり、一部の生徒からは下の名前で呼ばれていたりもする。  生徒と歳が近いから人気があると思われがちだけれど、それだけじゃない。木野先生が慕われるのは、誰に対しても正直であるからだ。 「西見くんは成績上位者ですから。勉強ができる生徒に生活の改善を求めるのは、労力の割に合わないと考える先生もいるようです」  そんな話を生徒にしてもいいのだろうか。刺すような視線を職員室内のどこかから送られたような気がするが、気にしないことにした。  木野先生は続ける。 「だからといって放置していると風紀が乱れる原因にもなりえますから、西見くん本人ともいろいろ話し合ってみたんですよ。彼、自分の立ち位置をよく理解していました」 「扱いづらい生徒だってことをですか」 「はい。仲良井(なからい)さんも優秀ですね」 「も、は余計です」  生徒間での話題にも詳しい木野先生は、当然のようにわたしと藍生の間柄を知っている。それが対外的なポーズであることも含めて。  仲良井歌奈と西見藍生の関係性は、周りには説明が難しい。タイムリープなんて話は誰も信じないだろうし、せいぜい下手な誤魔化しだと思われて終わるだけだ。  わたしにはどうしても藍生を更生させたい理由がある。そのために彼とはつかず離れずの立ち位置を維持したい。周囲の誤解が好都合なのは、そういったポジショニングを保つために交際関係が最適であるからなのだ。  と、そういう風に自分に言い聞かせている。  冷静に考えてみれば必要以上に近い距離のような気もしていた。
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