第一章 不死身のボーイフレンド

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「それで、藍生は態度を改める気になったんですか」 「なりませんでしたねえ」 「だと思いました」 「のんびりしているように見えて意志の固いところがありますね、彼は」  困ったように、でも少し楽しそうに木野先生は笑った。 「この世界に主人公がいるとすれば、西見くんのような子を言うのだと思います」  咄嗟にそれは違うだろうと否定したくなる。確かにあいつは比較的整った容姿をしているし特別な力も持っているけれど、世界の中心に立っていい人間ではない。  あくまで木野先生の冗談だと気付いているから聞き流せる。ここで躍起になって反論したりしたら、それこそ恥をかくことになる。 「先生は藍生のことを放っておくつもりなんですか」  わたしの関心事は今のところその一点だ。  木野先生は「ふーむ」と考えるそぶりをして、それから「この際仲良井さんにも知っておいてもらったほうがいいのでしょうね」と言った。  知ってもらう? 何のことだろう。 「仲良井さんは彼の活動についてご存知でしょうか」 「彼は部活には入っていなかったはずですけど」 「知らないのですね」  念を押すように言われ、少しむっとする。 「無理もありません。むしろ約束を守っているようで安心しました」 「藍生は何をやっているんですか」 「ひと言で表すなら、人助けです」 「人助け」  思わず鸚鵡返しをする。それが彼のイメージと、あまりにもぴったり一致していたからだ。  わざわざ思い出すまでもなく、藍生が今までしてきた『人助け』は枚挙にいとまがない。困っている人がいれば手を差し伸べずにはいられない、彼は奉仕精神の権化みたいな男だった。  それだけならまだいい。問題はその行いが、躊躇のない自己犠牲の延長線上に成り立っていることにある。 「もしかしてその話、善行を積むことで呪いから解放されるとかそういう教訓めいたおとぎ話の類いだったりしますか」 「急に飛躍しましたね」  違いますよ、と木野先生。  冷静に否定されるとこちらも困る。 「西見くんは以前から慈善活動のようなことをしていたようですね。生徒間でのトラブルの仲裁をしたり、たびたび学校を休んでは困った人を助けに行ったり。まるでヒーローのような活動を積極的にしていたとか」  木野先生の言っていることは、信じがたいことにすべて事実だ。  まだ顔を合わせたことのない中学時代から、西見藍生の噂は耳にしていた。なんでも面倒事が起こるたびに現れ、何らかの方策をとって解決してしまう少年がいると。  実際に面識を持った頃にはその噂も過去のものとなっていて、彼の活動も鳴りを潜めていた――と思っていたのだけれど。
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