4 容疑者たちのアリバイ

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4 容疑者たちのアリバイ

「そうです」  ヒューゴは平然と肯定した。アリアは怒って、顔を赤くする。ヒューゴは構わずに、私に問いかけた。 「シエナさん、あなたはイーサン殿下の婚約者だったとうかがいました」  予想していた質問に、私は覚悟を決めた。アリアが立ち上がり、私の前に立つ。 「だから、何ですか?」  アリアの声は冷たい。私を背中でかばっている。エマが私の両肩を抱いて、ヒューゴをにらむ。私はとまどった。こんな風に友だちが守ってくれると思っていなかった。うれしくて、心強い。少し涙が出そうになった。 「美しい友情ですね」  ヒューゴが感心する。 「シエナさんに聞きたいことがあるのですが、いいですか?」  彼は茶化すように、アリアにたずねた。背中しか見えないが、アリアが本気で怒ったのが分かった。 「アリア、エマ、ありがとう。でも大丈夫だから」  私はできるだけ、しっかりとしゃべった。アリアとエマは心配そうに私を見る。私はぎこちなく笑った。 「ちゃんと答えて、無実を証明する」  ウソやごまかしは、私たちの身を危なくするだろう。アリアはほほ笑んだ。 「分かった。あなたを信頼する」  彼女はソファーに座りなおした。エマは私を勇気づけるように、私の手を握った。大丈夫、私は戦える。助けてくれる友だちがいるから。ヒューゴはにやにやと笑っている。 「シエナさん、あなたは王子の婚約者でした。なので、何か王家の紋章のついたものを持っていますか? たとえば宝飾品とか護身具とか」  予想外の質問に、私は首をかしげた。 「持っていません。婚約していただけで、結婚していたわけではありませんので」  もしもイーサンと婚姻すれば、何か国王から下賜されたかもしれない。王家の紋章は、王族しか所持できない。勝手に紋章入りのペンダントとかを作ってもいけない。それは犯罪行為だ。私は続けて、しゃべる。 「イーサン殿下は持っています。紋章のついた剣もナイフも、見せてもらったことがあります」  王家の紋章は、銀色のワシが翼を広げて、その下に金色のライオンがいる。この勇ましいデザインは、前世のゲームではよく分からなかった。きっちりとイラストで描かれていなかったのだ。私は転生してから、紋章についてくわしく知った。 「彼は世つぎの王子ですし、当然ですね。ということは、同じく結婚していなかったアイビーさんも、きっと持っていないですね」  ヒューゴはあごに片手を当てた。 「はい」  私は肯定した。彼はしばし考えこむ。 「実はあなたたちのほかに、容疑者はふたりいます」  いきなり意外なことを言われて、私とアリアとエマは目を丸くした。そのふたりのうちの、どちかが犯人か? 「ノア・ニコルとオスカー・チャップマン、このふたりをご存じですか?」  ヒューゴはにやりと笑った。私はうなずく。エマもうなずいた。アリアは知らないらしく、首をかしげた。 「はい。私とエマは知っています。ノアさんもオスカーさんも、花園の有名人です」  私は答えた。ノアもオスカーも攻略対象キャラだ。ノアは学校一のお金持ちで、ナンパな性格だ。ちょっとでも気になったら、どんな女性でも、――恋人がいる女性でも口説いてしまう。  オスカーは騎士団に所属している。明るい快活な性格で、世話好きだ。イネスともイーサンとも仲がいい。そしてノアもオスカーも女性に人気があるので、有名人だ。ふたりとも貴族なので、翼を持っている。  アイビーは花園に編入したばかりのころ、王子のイーサン、画家のイネス、セレブのノア、騎士のオスカーと仲よくしていた。しばらくするとイーサンとの交際を決めて、イネスたちとは距離を取った。 (アイビーは私と同じ、前世の記憶持ちの転生者かもしれない)  彼女のやり方を見て、私はそう思った。もしくは、アイビーはただの操り人形で、この世界の外にはプレイヤーがいるのか。前世の私のような、いや、前世の私こそがいるのかもしれない。  けれど、もしそうだとしても、確かめようがない。私にとって、この世界は現実だ。ここから抜け出せない。それに大切な家族や友人たちがいるこの世界で、普通の天使として生きていたい。  ともかくアイビーは殺された。振られたことを恨んだイネスかノアかオスカーによって。もしくは浮気性のアイビーを、イーサンが怒って殺したのか。 「放課後、ノアさんは中庭の隅で隠れて、昼寝をしていました。今日は日の光があたたかく、気持ちよかったそうです」  ヒューゴは言う。私たちは、はぁと間抜けな相づちを打った。確かに今日は晴れているが、外で寝たら寒いと思う。しかしノアは昼寝が好きで、うたたねしている美麗なスチルがゲームにあった。 「しかし今のところ、彼を中庭で見たものはいません。実際には昼寝しておらず、アイビーさんを階段から突き落としたのかもしれません」  ヒューゴは楽しそうに話す。彼は何が楽しいのだ。頭がおかしいのではないか。 「オスカーはもっとひどいです。温室に隠れて、イーサン殿下とアイビーさんを待っていました。ふたりに文句を言おうとしていたようです。自分が振られた文句ではなく、イネスさんが振られた文句を」  ヒューゴはくすくすと笑う。 「オスカーはイネスさんに同情しています。ただ温室にいるオスカーを目撃した生徒は、今のところいません」  ふたりとも隠れていたのか、と私はあきれる。アリバイに関しては、私とアリアとエマより、ノアとオスカーの方がひどい。 「ついでにイネスも教えてください」  私はヒューゴにお願いする。 「いいですが、彼は無翼の天使なので、容疑者ではないです」  彼はそう前置きしてから、 「イネスさんは、校舎内や中庭のあちこちを移動して、スケッチしていたそうです。これもまた、目撃者はいません。花園は広いですね。殺人犯が簡単に隠れられる」  にこにこと、とんでもないことを言う。私とアリアとエマは、げーっと顔をしかめた。 「イネスさんは一階の廊下で、尋常な様子でないあなたたちに気づきました。そしてアイビーさんの死体に遭遇しました。彼女は、小さな刃物で胸を刺されて殺されました」  セリフの最後に、私は驚いた。刃物なんてあったか。しかし私は死体とその周辺を、しっかりと観察したわけではない。 「刃物なんて見た?」  私は不審に思って、アリアに聞いた。アリアもとまどっている。 「覚えていない。言われてみれば、あったかもしれない」  エマは死体の様子を思い出したのだろう、顔が真っ青だ。 「刃物も羽も、なかったと思う」  震える声で言う。ヒューゴは私たちを、じっくりと見ていた。 「アイビーさんを死に追いやったのは、刃物です。一階と二階の間にある踊り場で、彼女は刺されました。踊り場に残された血の量とアイビーさんの胸の傷から、これはほぼ確実です」  私たちは踊り場を、ほとんど見ていない。踊り場と一階の間にある階段に、アイビーはいた。 「その後、アイビーさんは階段から落ちたのか、犯人につき落とされたのか不明です。凶器の刃物は見つかっていません。アイビーさんは落ちた後、しばらくは息があったようです。けれど、やがて死にました」  アイビーの死に際の様子が想像できて、私たちはぞっとした。ヒューゴは意味深に笑っている。それから、 「家に帰っていいですよ」 「は?」  唐突に釈放されて、私は口を開けた。 「私たちが犯人ではないと分かったのですか?」  アリアは期待して、ヒューゴにたずねた。彼は笑う。 「あなたたちは容疑者です。その美しい友情で、恋敵のアイビーさんを殺した可能性があります」  アリアはかちんときたらしく、まゆを上げた。が、私は彼女を止めた。 「仕方ない。犯人が捕まるまで、我慢しよう」  私はヒューゴをにらむ。今はまだ分からないけれど、犯人を見つけて、無実を証明してみせる。ヒューゴはにたりと笑った。背中に翼が現れる。翼は興奮すると、勝手に出るのだ。しかし興奮するほど、楽しい場面か? ヒューゴは絶対に、頭がおかしい。 「犯人当てとナゾ解きは、私の生きがいです。ついでに、ウソや隠しごとも大好きです。どうぞこの事件は、私にお任せください」
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