三、まつり

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「うわー、父さま母さまあれが泉濠(せんごう)?」  魄濛(はくもう)山で行われる夏の大祭は参加できなかった月凪であったが、今年は泉濠で行われる秋の収穫祭(しゅうかくさい)に参加できる事になり、遠くに見えた集落の大きさを目にして、いてもたってもいられないといった感じで無邪気にはしゃぎながら走っていた。  母の彩嶺が斎主(さいしゅ)を勤めているのだが、今年は姉が奉納舞(ほうのうまい)のうち主となる一人舞を奉納する事となり、今回二人舞で月凪に経験を積ませようと、姉の代わりに母と行う事となったのである。  二つ目の濠にある門を越えると、そこには既に多くの人々が集まり祭りの為の準備が大詰めを迎えていた。  そこで指揮を取り準備を進める父と同世代と思われる、端整(たんせい)な顔立ちの男性はこちらに気づき歩み寄ってきた。 「よぉユキタケ来たか、アヤネさんも相変わらずお美しい、ユキタケには勿体無いぐらいだ」 「トモノリいちいち人の嫁を口説くのはやめろ、お前の嫁も見ているぞ」  智憲(とものり)と呼ばれ男性は横を見るとそこには、端整な顔立ちの女性にこやかに微笑みながらも目が笑っておらず、その様子にそこに近づき耳元で「お前が一番だよ」と(ささ)くと、女性はそれに目線を合わせる事なく幸岳(ゆきたけ)たちの前に歩み寄っていた。 「夫がご迷惑をおかけしました、本日はごゆっくりお過ごしください」 「ありがとう、スイノさん。お世話になりますわ」  翠乃(すいの)は優しさを携えた微笑みで手を差し出し、それに母、彩嶺(あやね)も被る笠を外しながら手を出して握手を交わした。翠乃は慈愛(じあい)に満ちた美しい女性であるのに対し、彩嶺もそれに対をなすような凛とした強さを持つ美しさを持っており、この光景は見るものの目を奪うには十分な印象を与えていた。 「どうだい、うちのスイノはなかなかだろ」 「お前、さっきうちの嫁を口説いてたばっかじゃねぇか」  智憲は自慢げに笑みを浮かべたが、それに幸岳はため息をつき怪訝(けげん)な顔をした。智憲は目に強さを持ちながら、顔立ちは男から見ても目を奪われるような整った顔立ちで、幸岳もそこそこ整っているも体格の良さと顎髭 《あごひげ》のせいで、智憲と並ぶと引き立て役にしかならなかった。  晩御飯は酋長である冲等(おきひと)の家で世話になる事となり、智憲はその息子である。智憲には二人の息子と、一人の娘がいた。 「ツクナさまは、明日奉納の舞をされるのですか」  月凪の隣には七歳になったばかりで、一つ歳下の桃花(とうか)が座っており、母である翠乃に良く似た面立ちで幼い中にも品のある、それでいてあどけない笑みを浮かべていた。 「そうね、でも人前で舞うのは初めてだから緊張するわ」  それに月凪は優しい姉のような笑みで応えながらも、明日の事を思い浮かべ表情を強張らせた。 「凄いですツクナさま、私はまだ何もさせてもらえないのに、今の私と同じ七歳にはもう儀式に参加されていたのですよね、尊敬いたしますわ」  そう言って目を輝かせた桃花は、尊敬の眼差しを向けながらも幼い可愛らしい笑顔を見せ、月凪は少し照れくさそうに頭をかきながら笑みを浮かべていた。 「あ、あの。わたくしお兄様ばかりでお姉さまも、妹もいないのです……もし、よろしければ、あの、その……ツクナさまの事をお姉さまと呼ばせていただいてもよろしいでしょうか!」  月凪に対し顔を下に向けもじもじとした態度で耳を真っ赤にすると、そう口にした桃花は恥ずかしそうにしながらも、目を輝かせて月凪に顔を向けていた。 「えっ、わ、私なんかでいいの」 「わたくしツクナお姉さまの話を聞いただけで、ずっとお慕いしておりました。実際お会いしたらお話通りの方で、わたくしツクナさまがお姉さまになってもらえるのなら……」 「トウカちゃんはとても可愛いのね、こんな可愛い妹なら私も大歓迎よ」  哀願(あいがん)するような、それでいて愛らしい(うれ)いを帯びた幼い表情で見つめられ、心を奪われてしまった月凪は思わず抱きしめ、それに桃花も嬉しそうな顔を浮かべていた。 (姉さまもこんな気持ちを、私に感じていたのかしら) と少し姉の気持ちが解ったような気がしていた。 「なぁ、ヒナノお前の妹はアヤネさん似だな。将来美人になるぞ」  そんな様子を見ていた父親である智憲似で顔立ちのいい翔陽(しょうよう)は、母似のまだ幼い二人を見ながら未来の姿を想像して隣にいた少女、日奈乃に声をかけていた。 「糸目で父似の私に対する嫌味ですか、私の可愛い妹に手を出したら許しませんよ」 「手なんてださねぇよ、幾ら何でも歳が離れすぎだ」  顔は笑顔を浮かべながらも目が笑って居ない日奈乃に、少し背筋の寒い思いをしながら苦い顔を浮かべそれを否定した。 「あらそうですか、お父様似であるあなたですから、てっきり誰彼構わず美人にはお声をかけるのかと思いましたわ」 「だから目が笑ってねぇよ、怖いからやめてくれ、それに俺は親父みたいに軽くねぇよ。親父は反面教師だからな」  一つ歳下であるにもかかわらず、人によって態度を変え、つかみどころのない少女を翔陽は末恐ろしいと感じていた。 「しかし、お前も舞を踊れば右に出る者がいない、至高の舞姫なんて呼ばれてるんだろ、だれも放っておかないだろ」 「わたし軽い男性は好きでは無いのです、何より舞が感動したと私の元に来るような方はなおさらです」  日奈乃の舞に感動しましたと声をかけてくる男の大半が、自分の元へやってきて顔を合わせると、少し残念そうにするのを少なくからず体験していた。舞が素晴らしいと、美人だと決めつける男性が多いのにうんざりしていた。 「そうか、お前の顔立ちも俺は良いと思うけどな。美人には無い魅力がお前にはあるぜ」 「そ、そんな歯の浮くような言葉で惑わしても、私は騙されませんよ」  そう否定した日奈乃であったが、声が上ずり視線を逸らした顔は恥ずかしさに真っ赤になっていた。顔立ちで褒められた事がなく、日奈乃は普段は冷静で動揺には程遠い為、そんな様子に翔陽は可愛いところがあるんだなと微笑んだ。 「楽しそうだな……」 「そ、そうだね……」  そんな兄弟たちを見ながら、無表情でそう口にしながら淡々と食事をする颯樹(そうじゅ)と、隣で少しそわそわするように不安そうにする母である翠乃似で優しさをたたえた顔で、同い年でありながらも年齢より幼く見える優志(ゆうし)であった。  なんとも平和なひとときの広がる夜は、ここに居る者たちの心を穏やかにしてくれていた。
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