三、まつり

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 雪の降る寒い日々が続く中、ようやく雪が止み空に青空が広がっていた。  久しぶりに桜の木の下へやって来た月凪(つくな)は、その桜の木に寄り()うように木に触れているさくらの姿を眼の当たりにしていた。 「どうしたのさくら」 「この子ね、ツクナの、大切な子?」 (そうね、小さな頃から一緒に育ってきてるし、何よりさくらと会うきっかけになった木だからね)  そう心で口にした月凪に、さくらは悲しそうな表情を見せていた。さくらはここ半年ほどで難しい会話でなければ、普通に話せるまでになっていた。  それでも、月凪はなるべく心で語りかけるようにしていた。一つはまだ理解出来ないことがある可能性があるためで、もう一つは周りにさくらが認識できないことで、月凪が不審に思われない為の自己防衛の意味も込められていた。 「この子泣いてるの。痛い、苦しいって」 「さくら、木の気持ちがわかるの?」  少し目を潤ませながらそう口にしたさくらに、月凪は言葉で語りかけていた。 「ツクナが大切にしている、だからわかるの。そうじゃないは、わからないの。でもこの子、このままじゃ、死んじゃう……」 (そんな、どうすれば助けられるんだろう、この子が死んだら私も悲しい……)  月凪の両手を小さな手で握り、涙を流しながらそう言うさくらに、月凪も目線を合わせるように屈むと悲しい顔でそうつたえていた。 「すぐは駄目なの、だけど、ゆっくりならできるの……」 (どうすればいいの、私にも出来る?)  さくらは視線を月凪に向け、強い意志を込めた目でそう口にすると、月凪はそれに応えるように手をしっかりと握り返した。 「ツクナ、手伝って、そしたら大丈夫。ツクナはこの子を、もっともっと強く思って、そうすれば、さくらね、わかるの」 (強く思う……。桜さん、頑張って。早く元気になって、私も助けられるように頑張るから)  月凪はさくらの言葉に強く桜のことを思った。そうするとそれに呼応するように、さくらは桜の木に歩み寄ってほおを幹に当て、両手でそこに触れていた。  そして、まるで瞑想(めいそう)するようにしばらくそこでじっとしていたが、そこから月凪のもとに戻ってくると満面の笑みを浮かべた。 「ツクナ、助かるよ、あの子!」  そう言うと二人は抱き合い、喜びあった。  視界に広がる世界は一面銀世界で、日の光を受けた大地は二人の思いを優しく包み込むように眩しく輝いていた。 「ユウメさま、よろしいでしょうか」 「アヤネか、どうかしたかあらたまって」  夕刻のお祈りを前に、準備を進めていた結梅(ゆうめ)のもとを、彩嶺(あやね)は訪れていた。 「はい、ツクナのことで……」 「ふむ、『見えざる者』のことかの……」  結梅は準備の手を止め向き直ると、そこに座っていた彩嶺と向かい会い、視線を交わし合っていた。 「はい、やはりお気づきでしたか」 「そうじゃな、儂も薄っすらとではあるが、認識しておったからの」  そう交わした二人は難しい表情を浮かべ、彩嶺は軽く目を伏せた。 「私は見えざる者を認識することは出来ませんが、無いはずの物を感じることはできますので」 「おぬしの力はわしとは種が違うが、能力は儂より高いからの」 「ですがツクナは私より遥かに高いように感じています、本人は全く気付いていない様ですが」 「そうじゃな、見えざる者は力持つ者から生気を吸い出し、それで存在しておる。それ故いずれツクナにもその予兆が現れるやもしれぬ」  それを耳にした彩嶺は、表情が強張りそこに暗い影を落としていた。 「今はまだ身体に影響は無さそうですが、いずれは症状が表れるのでしょうか……」 「そうじゃな、儂の時は徐々に身体から血の気が引き始め、体温が低下する様な感覚が身体中に広がり始めたのを覚えておるな」 「しばらく様子を見るしか無いのでしょうか、それとも早いうちにあの子を言い聞かせるべきでしょうか……」  彩嶺は明らかに動揺の色が隠せておらず、声が上ずっていた。 「そなたの気持ちもよく分かる、ここは儂に任せてくれまいか、同じ経験者として話をしてみよう」 「よろしくお願いします、私にはなにぶんそのような経験はないもので。私のものは、ユウメさまや、ツクナのものとは違うように思えますので」  その言葉に結梅はその彩嶺の手を握ると、顔を上げた彩嶺と目を合わせ、それに強く頷いた。彩嶺もそれに呼応するように両手の力を込め、同じように力強く頷いていた。  まだ冬の終わりには遠く、雪に閉ざされた時期が続く中、月凪を取り巻く環境は徐々にかわりつつあった。  そんな事をつゆ知らぬ月凪は、今日もさくらとの束の間の平和な日々を過ごしていくのであった。
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