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三、まつり
永く降り続けていた雪が止み青空が広がっていた。
まだ充分の薪が残っているものの、長く篭っていたことで多くの在庫を使い果たすことになり月凪は、母の彩嶺と姉の日奈乃の三人で里山に蒔き拾いに来ていた。
月凪はあれからも晴れた日は、さくらに会うことがほぼ日課のようになっていた。相変わらずさくらについては分からないことだらけであったが、分かったこともいくつかあった。
もっとも大きなことは、自分以外に『さくらが見えない』事だった。
始めは、人が来るとさくらは姿を消してしまうため、気づかないだけだと思っていたのだが、明らかに話が噛み合わない。二人で居るところを見られても、一人遊びをしているようにしか見られなかったのである。
幽霊なのか、もしくは怪異のようなものなのかとも考えたものの、害をなすような者では無いようであった。さくら本人にも自分が何者かが分かっていないうえに、幼い月凪も判断することが出来なかったため、考える事をしないことにした。
さくらのことが好きで、さくらも自分を慕っている、それだけで月凪には十分であった。
さくらに会えないことで気鬱な日々を過ごしていた月凪は、今日ほど外に出られることが待ち遠しいと思ったのは、記憶に無いほどであった。
月凪はさくらが気兼ねなく居られるようにと、なるべく姉と母から見え難い所で作業していた。それが姉には避けられているような気持ちで、心の中で一人涙していた。
村のすぐ西に丘ぐらいの山があり、その山を里山として利用しており、人の手によって木々が植樹され、管理しているのである。里山では春は山菜、秋は木の実やきのこなどが取れ、植樹された木々は家の木材や薪などの燃料として利用し、年中利用している重要なものであった。
月凪は蒔き拾いをしながら、少しでも遠くに、それでいて離れすぎないようにと、その事ばかりに気を使っていた。その為気がつくと、丘の裾に焦げた木々が広がる場所へとたどり着いていた。
「ここは……」
前に母から聞いた山火事の起きた場所だと一目でわかった。
雪の無い場所でいくつかの緑が増え始めていることが分かるものの、焼け落ちた様子は悲惨なものだった。
「ここに桜がいっぱい生えていたのかな……」
村にある桜がここの生き残りである事は聞いていた。しかしいざ目の当たりにすると、かつてここに桜の木々が広がっていたという事が想像できなかった。
そんな事を考えていると、服を引っ張られていることに気づいていた。
「サクラ」
そこにはさくらがいた。
あれからというもの、人気の無い場所に一人でいると、気がつかないうちにさくらがいる、という事が多くなった。
月凪はさくらを自分の妹のように可愛がり、少しづつではあるが心の会話を交えて言葉を教える事となっていた。
さくらは聡明な幼女で、吸収が早くどんどん単語を覚え、片言な会話は出来るようになりつつあった。
『この森、黒い?』
(そうだね、焼け跡だからね)
「や、け……あと?」
さくらは心では無く口で呟いた。
(そう、燃えちゃったの森がね。今までそこにあったはずのものが全てなくなって、黒く残ってしまったのが焼け跡なんだよ)
そう言った月凪の表情に影が落ちたように見えた。
「さみしい?」
(そうだね、そうなのかもしれないね)
かつての姿を知る事の無い月凪にとって、現在の姿との違いが思い浮かばなかったが、この姿になんとも言え無い心の空白を感じていた。
(でもね、少しだけど植物が生えてきてるの、あの桜もね、ここで生まれたんだよ)
「サクラ?」
そう呟いて自分を指したさくらに、それを見た月凪は思わず笑いを吹き出し、それを否定するように首を横に振った。
(違うよ、家の近くにある木だよ、桜の木のことだよ)
「そっか」
そう言うとさくらはにこっと屈託のない笑顔を見せていた。
そんな会話をしていると隣の山で鳥たちがざわめき、多数飛び立っていった。
「鳥さんが……、何かあったのかな」
「今日は父さんや颯樹たち村の人々が、山棲の方々と狩りをしているからじゃないかな」
月凪のつぶやきに応えるように、いつしか現れた母に話しかけられ、さくらは月凪の後ろに隠れていた。
さくらの姿は月凪以外の者には見えない為、隠れる必要も無いのだが、さくらには月凪以外の人間が怖いのかいつも隠れ、気がつくといなくなっていることが多かった。
母の言葉に月凪は山を見つめていると、鹿が何匹か走っていくのが見えた。
そしてその内の一頭に矢が突き刺さり不意に倒れ、そこから離れた場所の木の上に弓を構えたクアイがそこにいた。
そんな様子を見ていた月凪はそれに釘ずけになっていた。
(弓、かっこいい……)
月凪の目が輝いていた。
そんな様子を傍で見ていた母は、輝かせた目で何やら企んでいるような、含みのある笑みを浮かべているの娘の姿を見ると、ため息をついて怪訝な顔でうっすら笑みを浮かべた。そして、少し離れた所にいる日奈乃に目配せして、それに呼応するように頷いていた。
村に戻った月凪は満面の笑みを浮かべてクアイの元を訪ねていた。
そして人気のない場所に引っ張り出すと、目を輝かせながら満面の笑みを浮かべた。
「ねぇクアイ、私に弓を教えてよ!」
それにため息をついたクアイは苦い顔をした。
「お前なぁ、まだ懲りてないのか?この前怒られたばっかなんだろ」
月凪は山棲族が山を降りる直前、クアイと約束した料理を作ろうと試みていた。練習を兼ねて勝手に食材を使い料理をしたのである。結果は言うまでもなく、そこで終われば料理を隠すだけでよかったのだが、そこには不幸な偶然が重なってしまった。
姉の日奈乃が帰宅し、そこに出くわしてしまった。月凪はごまかすために、日奈乃には言ってはいけない嘘を口にしてしまっていた。
「姉さまに食べてもらいたくて作ったけど失敗しちゃった、母さまに怒られるね……」
その言葉に日奈乃は苦悩した。
(私の為にツクナが作った?それに失敗して悲しんでいる?でもこれを食べたら私はどうなるの?でも大好きなツクナが怒られてもいいの?私が食べてなかったことにすればいいんじゃ……、いや大事なのは、わ、た、し、にということだ!)
その料理を全て平らげて青い顔になった日奈乃は
「おいしいよ、ツクナ!」
と満面の笑みを浮かべて泡を吹くと、そのまま三日寝込んだのだった。
その後帰ってきた母に悪鬼のごとき形相で問い詰められ、泣いて謝るほど怒られた。そして三日間姉の分も仕事をさせられる事となり、山棲の迎えにも行けず、それがクアイの耳にも入っていたのであった。
「あれはあれ、これはこれよ、駄目だって言っても会うたびにせがむからね」
そう言って、ふふんと鼻を鳴らして満面の笑みを浮かべた。
「あぁもう、俺は怒られてもしらねぇからな」
クアイは頭をかきながら吐き捨てるように言葉を吐いていた。
「流石クアイ、大好き!」
そう言って嬉しそうにしたクアイに抱きついた月凪に、クアイは顔を真っ赤にしていたが、月凪はおかまいなしであった。
クアイは山を降りて一月の間に、月凪とはまるで旧友のように話すような仲になっていた。それと同時に月凪がまっすぐで、素直な性格である事を知った。それは良い意味でも、悪い意味でも……
そしてそんな様子を物陰から悲しげに見つめながら
(ツクナ、なんで私じゃないの……。羨ましいわ……)
と心の中で号泣する日奈乃の姿がそこにあった……
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