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明治11年5月10日(1878年)東北・某所
一件の農家にて牝牛の出産が真近に迫っていた。
『明日が明後日には産まれるだでのう』と小作人の豊吉は言った。
小作人なれば牝牛とて地主が物となる。
豊吉は又小作で有り、地主とは契約小作人。
豊吉には女房のヨシ、一人息子の豊三、豊三の嫁八重の4人家族で典型的な貧農小作農家であった。
三日後朝4時に牝牛が何度も何度ま鳴き続けた。
『オラ、みな、起きるだで、牛が子牛を放り出すだでに!』
家族四人は牛小屋に入って牝牛の出産を手伝った。
牝牛は踏ん張って子牛の脚を出して居る所を豊吉が子牛の脚を掴み、牝牛の呼吸と共に子牛の脚を引っ張って居た。
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