第五幕 ミスミミミと招かれざる生徒

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 部室に行くと、定位置に座る。  ほら、やっぱりおかしい。自分の隣には、弥生がいるはずなのに。ここだけ、不自然に本が避けられているじゃないか。  部屋の光景を見て確信する。やっぱり、自分は間違ってない。 「で、どういうことなの?」  同じく、いつもの場所に座った菊が首をかしげる。 「あ、っていうか、お菊さん、授業……」  ふっと我に返って問う。勢いで連れてきたが、あと十分もすれば朝のホームルームが始まってしまう。 「そんなひどい顔した後輩残して、授業なんか出ている場合じゃないでしょ」  あっきれたと菊が続ける。 「ほら、これでも食べてちょっとは落ち着きなさい」  と、チョコレートを何個か渡される。素直に一つ口にいれると、確かに少し落ち着いた。 「私の力が必要なんでしょ? 聞いてあげるから、話しなさい」  ほら、と促されて、 「あの、信じられないかもしれないんですけど。あ、いや、お菊さんなら信じてくれるかなっていう気もするんですけど」 「能書きはいいから、はやく」 「俺……、怪異に遭ったんです」  すべて、説明することにした。三人で見た呪いのピアノが本物だったこと。ミスが霊能力者だということ。尾行していた時に、へんな空間に入り込んだこと。深夜のバスケットボール。へんな影。お守り。潤一と皆子。  話しながら、自分でもまとまりがないな、と思った。それでも、菊は余計なちゃちゃは入れず、真剣に話を聞いてくれていた。 「だから、本当にいるんです。俺の他にもう一人、一年の部員が。お菊さん、本当に覚えてないんですか?」  すがるように尋ねても、 「ごめん、全然覚えてない」  菊はゆっくり首を横に振るだけ。 「そんな……」  絶対に、いたのに。弥生は、いるのに。  自然と視線がうつむきがちになる。汚れた自分の上履きが目に入った。 「でも」  菊の、どこか力強い言葉。 「透史がいるっていうなら、そうなんでしょうね」  宣言するかのように言われた言葉に、ゆっくりと顔を上げる。 「いつも私の意見に流されるだけのあんたが、こんなに真剣になるっていうことは、イマジナリーフレンドとかじゃなくて、本当にいるんでしょ?」 「お菊さん……」  ああ、そうだ。彼女なら、信じてくれると思ったのだ。この一風変わった部長ならば。 「透史」  鋭く名前を呼ばれる。 「セオリー通りにいくのならば、葉月弥生を助けられるのはあなただけ」 「セオリー?」 「そう。だって、葉月弥生を覚えているのはあんただけなんでしょ?」 「たぶん」 「ということは、それは意味があることなのよ。彼女が助けを求めたのも、あんたになんでしょ?」 「はい」 「だから、あんたが助けてあげなさい」  頷く。言われなくても、そのつもりだ。 「もちろん、手助けはしてあげる」  言って菊は立ち上がると、黒板に近寄る。そこは以前、菊が七不思議の名前を書いたままだった。 「三隅美実は仕事で、お祓いで転校してきたって言ってたのよね?」 「っていう、話だと思います」 「彼女が転校してきた時期と、私たちが七不思議の調査を始めた時期って、だいたい一緒なのよね」 「……確かに」  自分たちが今の活動を開始したのは、三年が引退した文化祭後。その少し後に、ミスが転校してきている。 「私ね、七不思議をテーマに部誌を作るっていったじゃない? あれって別に、ただオカルトだからってだけじゃないの」  軽くおりまげた左手の人差し指を口元に当て、何かを考えるような間をとりながら菊が続ける。 「もちろん、入学してすぐにこの学校の七不思議については調べていたわ」  ぶれない人だ。 「でもその時は、あんまり芳しくなかったのよね。みんなぽつぽつと、それっぽいことは知ってるけどって感じで。ああ、屋上さんだけは割とみんな知ってたけど、それはおまじないとしてだし」 「はあ」 「でもね、文化祭辺りから、七不思議のリアルな噂を聞くようになったの。友達の友達が見たんだけど、みたいなやつだけどね。でも、そのレベルの話も、去年は聞かなかったのに」 「……七不思議が、本当にリアルな怪異として活動していた?」  怪異に活動っていう言葉があうのかはわからないが。 「そんな気がするのよね。人面魚とかが本当だったかはわからないけど、少なくとも呪いのピアノと、深夜のバスケットボ’ールは本当だったのよね? だったら、他のも本物で、見かけた人が本当にいて、噂になっていたと考えた方がスムーズな気がする」  七不思議が本物で、噂になっていて、その少し後にミスが転校してきた。ということは、 「ミスの目的は、七不思議?」 「って考えるとしっくりこない?」  確かに、今あるピースが全部はまる気がする。っていうことは、 「弥生は、七不思議に関係している?」 「たぶんね」 「お菊さん、それって……」 「残っている七不思議で該当しそうなのは、これよね」  黒板に書かれた一つの文字列を指差す。 「招かれざる、生徒」  それは、確か、 「屋上さん、でしたっけ?」 「そう。おまじないはね。ちゃんと説明したっけ?」 「あんまり。というか、すみません、ちゃんと聞いてませんでした」  小声で謝ると、一瞬菊がいつものよう睨んできた。それでも、すぐに真剣な顔に戻ると、 「うちの学校には毎年一人、名簿には載っていない生徒がいる。別に、そのかわりに誰かが死ぬとか、そんな怖いものじゃないわ、うちの七不思議は。本当にただ、一人生徒が増えるだけ。普通に学校生活を送るっていうだけの、比較的無害なものね」  菊の言葉を、反芻する。 「それって……弥生が、七不思議ってことです、か?」  恐る恐る問いかけると、菊は珍しく痛ましそうな顔をして、一つ頷いた。 「そう考えると、しっくり来ちゃうのよね」  さっきとは違って、少し忌々しそうな口調だった。  そんなことあるわけない。弥生は風に自分と学校生活を送っていた、普通の女の子だった。そう思う一方で、そういう怪異なのだと菊が言ったじゃないか、と心のどこか冷静な部分で思う。そうだ、自分は、弥生の中学も知らない。家の場所も知らない。チャリ通なのか、電車なのかも知らない。学校の外の、葉月弥生を知らない。 「……そんな」  思わずつぶやく。でも、口では疑っていながら、心では納得していた。それなら全部、説明がついてしまう。 「……助けるの、やめる?」  そっと、顔を覗き込むようにして菊が効いてくる。 「それとこれとは、話が別です」  慌てて首を横に振った。弥生が七不思議だったとして、あの子が人に危害を加えない優しい子なのを知っている。入学してから今日まで、ずっと一緒にいたんだから。  弥生が七不思議なことは、いなくなった彼女を探さない理由にはならない。 「そう、さすが、私の後輩」  にっと菊が悪戯っぽく笑う。 「お菊さん的には……いいんですか? 後輩が一人、七不思議で?」 「あら、何の問題があるの?」  心底不思議そうに問われて、ああそうだった、この人はこういう人だったと思い直す。 「いえ、愚問でした」 「でしょう? それに、忘れたままって気持ち悪いから」  だから、透史と菊は勝気な笑みを浮かべた。 「取り返してきてちょうだい。うちの部員を」  ネイルの目立つ指で、黒板の文字を軽く叩く。 「うちの部はね、怪異の味方なのよ。人に害をなさないなら、余計にね」  そうして、幽霊の声を聞くという意味の名前を持つ部長の言葉に、 「はい!」  一人記憶のある透史はしっかりと頷いた。
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