第六幕 ミスミミミと葉月弥生

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「お久しぶりです」  皆子が微笑む。 「ご足労おかけして、申し訳ありません」  潤一が頭をさげる。 「……主様」  弥生が怯えたように呟き、透史の手を握る。  主様は弥生を見下ろす。必然的に透史も見下ろされることになった。主様が誰なのか知らないけど、なんか怖そうなことだけはわかった。 「この地域の土地神様的な存在よ」  戸惑う透史に、皆子が解説してくれる。 「この前ね、異界とこの学校との境界が曖昧になる事故があって、この学校の七不思議が活性化しちゃったの。それを解決するのが、今回私たちが主様から受けていた依頼よ」 「解決って……」 「祓うとかじゃなく、異界に帰ってもらう。バスケットボールの人たちも、そうした」  潤一が付け加えてくれる。そうか、もともと向こうにいたものだから、帰ってもらうのか。  その主様と呼ばれた黒い大きな影は、透史を見回すように動く。ゆっくりと。 「……主様?」  ミスが少し、不思議そうな声で名前を呼んだ。  その声を合図にしたかのように、主様の腕のような部分が大きく振り上げられ、 「違うっ!」  皆子が叫ぶ。  振り上げられた腕は、そのまま床に叩きつけられた。さきほどまで、透史がいた場所が軽くえぐれる。 「え……?」  皆子の声に、とっさに動いた潤一の助けで、直撃は免れた。  皆子が、取り出したお札のようなもので、主様の動きを止める。 「ミナ姉?」 「よく似てるけど、違う。コレは主様じゃない!」  いつの間にか皆子の眼鏡は外されていた。潤一が透史と弥生を庇うように前に立ち、 「じゃあ、何だって言うんだよ!」 「それがわかんないのよ! さっきから見てるけど、情報が多すぎてっ」  イラついたように皆子が叫び、主様モドキが腕を動かそうとする。押し負けそうになった皆子を、慌てて潤一が加勢しにいく。 「ミィ、とりあえず二人を」 「わかった」  ミスが透史たちに近寄ると、 「逃げるよ」  囁いて、動きだす。透史は弥生の手をひっぱると、慌ててそのあとを追った。  一旦、屋上から校舎の中に入る。 「あれがなんだかわからない以上、どこまで行けば安全なのか、わかんないわね」  悔しそうにミスが呟き、直後校舎が少し揺れた。さきほど、腕が床を殴った時のように。ミスの目が心配そうに屋上の外に向けられる。  弥生のことだって、まだ完全に飲み込めていないというのに、次から次へとなんだというんだ。ぎゅっと力を込めて弥生の手を握り、彼女がここにいることを確認する。  土地神様だがなんだか知らないが、あんな巨大な大きな黒いものがいて、それがニセモノだのなんだのって。 「ニセモノ……?」  その文字列は、どこかで聞いた気がする。 「透史くん!」  弥生も同時に思い出したようだ。透史の手を引っ張る。そして、二人で声をそろえて、 「ニセモノの神様!」 「七つ目の不思議!」  急に叫びだした二人をミスが奇怪なものを見るような目で見てくる。 「なに、それ」 「七不思議の一つ!」 「七不思議はあと、人体模型のだけじゃないの? その人体模型も今はいないから、関係ないと思ってたけど」 「違うって、七つ目の」 「七つ目は聞いたら死ぬってやつだから、欠番だと思ってたけど」 「あるんだって! 詳しいことはわかんないけど、それがニセモノの神様!」 「お菊部長が言ってたんだから間違いないよ!」  しかし、怪異の専門家も知らなかったらしいことを知っているなんて、何者だよ、お菊さんは。 「ニセモノの神様。七不思議。確かに、ありそうね」  ミスが呟く。 「詳細は?」 「あ、いや、全然わかんないんだけど」  答えたら、使えねーな、という顔をされた。 「でもなんだっけ、どっか怪しいってお菊部長言ってたよね」 「言ってた。えっと、他の怪異とバッティングしない場所で」  なんだっけな、と必死に記憶を辿る。焦れば焦るほど、うまく思い出せない。そもそも、菊の話なんて、いつも真剣に聞いていなかった。これからは、もうちょっとしっかり聞くようにしよう。いや、こんなこと何度もあっても困るが。 「えっと、理科室でも職員室でもなくって」 「お菊部長が入ったことがあって」  そうだ、自分は入ったことがなくて、でも彼女はよく呼び出されたと言っていて。 「校長室!」  思い出した。 「古い神棚があるって言ってた!」  校舎がまた揺れる。今度は二回続けて。  地震を知らせる校内放送が入った。 「わかった」  ミスは頷き、外の方を伺う。二人が必死に主様モドキを抑えているが、完全に押され気味だった。放たれた矢を、主様モドキが叩き落とした。 「ミナ姉、校長室を中心に見て!」  ミスが叫ぶ。皆子は軽く頷き、主様モドキとの攻防を繰り広げながら、その体を睨みつけていたが、 「ビンゴ!」  やや嬉しそうに叫んだ。 「校長室の神棚にある、石の像。それがコイツのすみかよ」  当たりをつくなんて、本当に菊はすごい。見事に、今ここにいないけど。 「それがわかったってなっ! この状況でどうすんだよっ!」 「まあね!」  潤一の言葉に、皆子が舌打ちまじりに答える。ぐっと主様モドキが詰め寄ってくるから、二人は一度距離を取り直した。  透史はそんな光景をしばらく見つめ、 「その、石の像とかいうのがあれば平気?」  外にも聞こえる大きさで尋ねた。 「いけると思う、けどね!」  皆子が叫び返す。 「なら、取りに行ってくる」 「ちょっと、待って。危ない」  立ち上がろうとした透史を、ミスが押しとどめる。 「だけど、ここにいても何もならない」 「わたしが行く」  ミスがそう言うのを、 「あー、マジ言いにくいんだけど、ミィはこっち手伝ってくれると超助かる」 「一般人の手助けを受けるなんて、屈辱だがな」  外の二人からそんな声がして、ミスは困惑したようにそちらに視線をやった。 「ってか、私の見立てでは、石の像自体には今、なんにもないから、透史くんでも平気」 「じゃあ、行ってきます」  透史は立ちがり、校長室に向かって駆け出す。 「あ、あたしも!」  弥生が慌ててそれに続く。 「ああ、もうっ!」  背中に、ミスの何かの怒りが篭ったような声がした。
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