第二幕 ミスミミミと曲がり角

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第二幕 ミスミミミと曲がり角

「このままじゃ、次の部誌が発行できないわっ!」  部室でそう叫んだのは、当然菊だった。  文芸部の部室は、旧校舎の五階の一番端っこに、ぽつんとあった。  旧校舎と新校舎が渡り廊下で繋がっている、H型の校舎。ただ、最上階である五階だけは渡り廊下がなく、四階で渡ってこないといけない。微妙に不便だ。  ただでさえ人が居ない旧校舎の五階は、まるで陸の孤島、離れ小島であった。同じく五階には普段誰も使わない視聴覚室と、帰宅部の代名詞パソコン部しかない。  そんな離れ小島の部室を、透史は陰気臭くて嫌っていたが、菊は愛していた。なんか、幽霊が出そうだから、という大変わかりやすい理由で。  いくつかの机と椅子が無造作に置かれた部室の一番奥。菊が持ち込んだ幽霊系の本の山の隣を陣取りながら、菊は不満そうに演説を続ける。 「呪いのピアノの効力を検証することもなく、なんかみんな元気になるし!」 「……いや、まあ、この前の二つも対して検証できてませんけどね」  プールを泳ぐ人面魚は一カ月毎日張り込んだけど見つからなかったし、増える階段も数え方の違いということで落ち着いたし。検証の過程をことこまかに書いたことが、生徒には受けているから結果オーライだけど。 「みんなが元気になったのはいいことだよね?」  入り口近く、菊から距離をとって座った透史の隣で弥生が、ふわっと髪を揺らして尋ねてくる。 「お菊さん以外にとってみたらいいことだよ」  この人は本当、オカルト的なことには盲目だから。 「お菊さん、諦めましょう。諦めて、事実だけをまとめましょう。今までみたいに」 「そりゃあ、まとめるわ。まとめるわよ! 呪いのピアノが原因で入院したと思われる生徒にインタビューとったし」 「え、過去形? すでにとったんですか!?」 「とったわよ。まだテープ起こしとかしてないけど。あとでやっといてね」 「さらっと雑用頼みやがったっ」  本当、そういうとこだぞ! 「さすがお菊部長、仕事はやいですね! でも、誘ってくれてもよかったのに」 「病み上がりの人相手に大勢で押し掛けたら失礼でしょう」  何言ってるの? とでも言いたげな、少し馬鹿にした顔を菊はする。 「あ、そういう気遣いはできるんですね」  できるなら全方位に向けて、というか部員に対して、常日頃から気遣いして欲しい。 「だけど、そのインタビューだけじゃ、やっぱり足りないじゃない?」  なにがどうやっぱりなのか。 「足りなくないです。十分です」 「わたしね、思うの。今回の特集の完成には、やっぱりあれが欠かせない、って」 「どれですか?」  それはね、と菊はなんだかもったいつけるように笑いながら、 「あの、幽霊娘へのインタビューよ!」  右手を上げて高らかに宣言した。 「……幽霊娘?」  誰だよそれ。 「多分、ミスのことだよ」  弥生がこそっと言ってくる。ああ、そういえば、幽霊っぽいって言っていたっけ。 「やっぱり、セーラー服って反則よね、一気に幽霊度があがるじゃない?」  幽霊度ってなに。 「このブレザーは超可愛いけど、幽霊度は低いものね。やっぱり、幽霊はセーラー服の方が映えるわ」  うんうん、と一人で喋って一人で納得して菊が頷く。 「あの、長い黒髪も巫女って感じで素敵よね」  それはまあ、わからなくもないけれども。 「ってことで透史、同じクラスなんでしょう? 明日の放課後、インタビューするから約束とりつけといてね。万が一明日駄目なら明後日とかでもいいけど、日付はなるはやで。他の予定蹴ってでも、そっちに合わせるから」 「は……?」  流れるように命令されて何も考えずに素直に頷きそうになり、 「っと、待って、お菊さん」 「わたし、この後デートだから、今日はここまでで終わり」 「マイペースかよっ!」  大体前々から思っていたけれども、なんでこんな幽霊バカに恋人がいるんだよ! 「あ、あとテープ起こしもしといてね、はい、これあげるから頑張って」  カバンから出したマシュマロを渡される。よくこういう小さなお菓子を渡されるが、そんなんじゃ騙されないぞ。 「じゃーねー」 「違う、待って、お菊さん!」  透史の言葉に聞く耳持たず、菊は弾む足取りでさっさと部室を後にした。 「ああ、もう……」  人の話とか本当聞かないんだから。死者の声じゃなくて、生者の静止を聞けよ。 「……ミスにインタビューとか無理だろ」  小声でぼやく。 「……うん、そうだね」  ミスを知るもう一人の人物も頷いた。 「元気だして、石居くん。とりあえず明日聞くだけ聞いてみよう」 「そーだね」 「テープ起こしは手伝うから」 「……話しかけるのは?」 「うん、ごめんね。いくら石居くんのお願いでも、それだけは嫌だ」  ふるふると首を横に振る。柔らかそうな髪も一緒に揺れた。いつも優しい弥生の容赦ない拒絶の言葉に、 「……だよね」  ため息をついた。
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