第三幕 ミスミミミと深夜のバスケット

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第三幕 ミスミミミと深夜のバスケット

 呪いのピアノに関するまとめは、透史がミスから聞き出した、インタビューもどきでお茶を濁した内容となった。 「それでもミスの話聞き出して来たってすごいと思うよ」  教室で出来上がった冊子を見ていた今井が、感心したように呟く。 「……お菊さんは納得してないけどね」  ぐちぐち嫌味ったらしいことをずっと言っていたことを思い出し、透史はため息をつく。 「それはまあ、お菊さんだからねぇ。ミスに話を聞くのがどんなに大変なのか、知らないだろうし。知ってたところで、怪異に対する結果が全てだろうし」 「なー」  言いながら視線をそっと後ろに向ける。ミスは今日も変わらず、黒い姿で本を読んでいた。  二週間前のあの日のことは、誰にも言っていない。言えない。言ってはいけないような、そんな気がして黙っている。  あの道がどこだったのか。アレから何度か駅前をうろついたが、答えはでなかった。もう探すのはやめた方がいい、今ではそう思っている。大体、万が一見つかったとして、あの道に入ったら自分はどうするのだろうか。ミスが来なかったらどうなっていたのか。ぞっと肌が粟立つ。  かなり感覚的なものだ。理由なんてわからない。だけれども、あの場所はよくなかった。  菊に言おうか、考えなかったわけではない。でも、菊に言ったら無駄な食いつきを示して、ミスに迷惑をかけるだろうことが容易に想像できて、躊躇われた。  よくわからないが一つだけ言えることがあるのだ。あの時、ミスが透史を助けてくれた。それだけはまぎれもない事実なのだ。助けてくれたって、何からなのか、どいうことなのかはわからないけれど。 「あと、これさぁ」  ぐるぐるまわる思考回路から透史をひっぱりあげたのは今井の言葉だった。慌ててそちらを見ると、今井は冊子の一部分を指していた。 「結構、詳しくて面白いね」 「ああ」  その部分は、菊がミスの弾いていた曲について解説を書いたコラムだった。作られたきかっけとか、作曲家についてとか、そんなことを半ばこじつけで強引なオカルト的見解も交えながら長々と書いている。 「お菊さん、音楽も詳しいんだね」 「ピアノ習ってるって言ってたしなぁー。将来の夢は、保育士だとかで」 「……なんでそこで民俗学の研究とか、そういう方向にいかないのかがわからないけど、そのわけのわからないところがまた」 「お菊さんっぽいよなぁ」  今井の言葉を引き取り、二人でしみじみと頷き合う。あれだけ奇怪な行動をとっていて、将来の夢だけ現実的。それがまた奇怪だ。男二人、朝からそんな意味不明な会話をしていると、 「おっはよーん!」  今朝もテンション高く、元気よく、弥生が現れた。 「おはよう、葉月さん」 「はよー、石居くん!」  ふわふわした髪を揺らして挨拶する姿は、元気な犬だ。 「あ、部誌見てるのー?」 「うん。あ、弥生ちゃんの絵、よかったよー」 「本当? ありがと!」  今井の言葉に、屈託なく弥生が笑う。  ミスが写真を撮らせてくれないので、代わりに弥生がミスの似顔絵を描いたのだ。少しアニメ調のそれは、ミスの雰囲気をよく捉えていて、似ていた。上手だし。 「あたし、お菊部長みたいになにか、詳しいことがあるわけじゃないし」 「あれは見習わなくていいからね」  慌てて釘を刺す。 「石居くんみたいにミスから話を聞き出すスキルもないからさ! 絵ぐらいは、と思って」 「うんうん、いいよこれ。絵、昔から得意だったの?」 「んー、どうだろう」  弥生が首を傾げたところで、 「ホームルーム、始めるぞー」  担任が入って来た。 「あ、じゃあ後でね!」  一人席が離れている弥生が、スカートの裾を翻して自分の席に戻っていった。 「今度こそ、心霊現場を押さえるわよ!」  と高らかに宣言したのは、言わずもがな、菊だった。 「はいはいわかりました。で、次は?」  いちいち突っ込むのが面倒で、第一反対したところで菊が意見を曲げるわけもなくて、適当にあしらう。 「……そう素直に言われるとソレはソレなんか、調子狂うわねぇ」  菊が自分勝手なことを呟く。しかし、気を取り直したのか、 「次は深夜のバスケットよ!」  もう一度高らかに宣言した。 「深夜のバスケット」  復唱する。ああもう、今から嫌な予感しかしない。深夜の、ってなんだ。その時間指定なんだ。 「そ。体育館でね、深夜になると誰もいないのにバスケットボールが跳ね始めるの。それはさながら、見えない幽霊達のバスケットの試合のように!」  きゃーっと菊が声をあげる。タイミング的には悲鳴だが、声色としては完全に歓声だ。 「なるほどなるほど」 「ちょっと、相槌適当にもほどがない?」 「で、深夜ってどうするんですか?」 「忍び込むに決まってるじゃない!」 「却下」  あまりに予想どおりの言葉に、即、否定する。いくら公立高校のざる警備とはいえ、深夜の学校に忍ぶ込むなんて、できるわけがない。っていうか、できてもやりたくない。 「バレたら大目玉ですよ。部活存続の危機ですよ」 「バレなきゃいいのよ。どんな悪事もバレなきゃ一緒」 「悪事ていう自覚あるんじゃねーかよ」  うんざりとため息をつく。 「葉月さんも何か言ってやってよ」  隣で黙って成り行きを見守っていた弥生に声をかける。 「え、あ、うん、でも」  弥生が顔をあげる。ほんの少し頬が紅潮している。嫌な予感がする。 「ちょっと楽しそうかなって。冒険! っていう感じで」 「やだ、さすが弥生! わかってるじゃない」 「わかってねえよっ!」  思わず声を荒らげる。楽しそう、じゃない。 「ノリが悪い男は嫌われるわよ」  菊が冷たい目でこちらを見てくる。  え、何、俺が悪いの? 俺が唯一、常識的なことを言っていると思うけど、違うの? 「青春は有限なのよ! 楽しまなくっちゃ!」 「こんな青春望んでなかった!」  絶対にだめです! そう主張しながらも心のどこかで思う。言ったら聞かないこの部長が、折れるわけがないのだ。 「でも、なんかこう、他にないんですか? まともなやつ」  まあ、いずれ深夜のバスケットボールのターンが来るにしても、後回しにしたい。 「そうね……、って、あれ? あんた、七不思議を全部把握してるんじゃないの?」 「え、してませんけど」  そんな菊じゃないんだから。 「なんでよ! たるんでるんじゃないの?!」  菊がヒステリックに声を荒らげる。そんなこと言われても。 「弥生は?」 「あ、ごめんなさい……」  しゅんっと申し訳なさそうな顔をするように、がっかりした! とでも言いたげに菊は天をあおいだ。 「いや、全然申し訳なさそうな顔する必要ないよ」  小学生ならまだしも、高校生なのだ。七不思議を全部把握してることがおかしいし、なんならこの学校に七不思議なんていうレトロなものがあることすら、菊が言い出すまで知らなかった。 「ああもう、あんたたちは」  菊は大きくため息をついてから、 「仕方ないから教えてあげる」  恩着せがましくそういいながら、黒板に向かう。別に、そこまで真剣に知りたかったわけでもないけど。  見た目に反して綺麗な、大人びた字で菊は黒板に書いていく。増える階段。プールの人面魚。呪いのピアノ。深夜のバスケットボール。 「ここまではいいわね?」  さらにその下に、招かれざる生徒、購買に並ぶ人体模型、偽物の神様、を付け足した。 「まず、招かれざる生徒。本来の生徒ではない、人間ではない誰かが、クラスにまぎれこむっていうもの。でも、別に害悪はないわ。むしろ、恋のおまじないとして役に立ってる」 「あ、屋上さん?」  弥生の言葉に、菊が満足そうに頷いた。 「屋上さん?」  なぜ、屋上を丁寧に呼ぶ? 「屋上さんっていうおまじないが、女子の間で流行ってるの。流行っているっていうか、うちの学校のオリジナルみたいな感じかな? 屋上のフェンスに自分のリボンをつけて」  と、胸元のリボンを軽く指ではじきながら、 「屋上さん、屋上さん、誰々くんと付き合いたいです。ってお願いすると両想いになれるって。あ、リボンは三日間フェンスにつけとかないといけないらしいけど。だからみんな、予備のリボンでやるみたい」 「へー」  屋上に入ったことがバレたら怒られるのに、よくやるなぁ。 「でも、そのおまじないと、招かれざる生徒とやらが何の関係が?」 「屋上さんは、片思いのまま死んじゃった生徒の霊だから、っていうのが通説ね。自分の恋が叶わなかった代わりに、今生きている生徒の恋の願いを叶えてくれるっていう」 「いいじゃないですか、それ。比較的ほのぼのしてて」  深夜の体育館に行くよりは、よっぽど健全な気がする。 「うーん、趣味に合わないのよねー。なんか、きらきらしてて」 「ああ、なるほど」  菊の言葉に苦笑する。確かに、彼女が聞きたい死者の声は、恋を叶えてくれるようなものではないのだろう。 「でも、おまじないなんてあるんですね」 「この学校、おまじないっぽいの多いよ。七不思議とは別で。階段の踊り場、二階の姿見に結婚相手の姿が見えるとか」 「あ、知ってる。0時ちょうどに、のぞくんですよね!」  菊の言葉に、弥生が乗っかる。全然聞いたことないが。っていうか、0時ちょうどって覗けなくないか? 「あとは、あれもそうですよね。裏の一番大きなイチョウの木に、お供えものをし続けると、願い事が叶うっていうやつ」 「そうそう」 「あ、あの木? よく購買のパンとか置いてある」  ここに落し物するやつ多いなと思って見ていたのだが、あれはお供えものだったのか? 「あれは誰かの願掛けね。一種の御百度参り、みたいなものだと思うけど。結構、長く続いてたけど、最近やってないみたいね。叶ったからやめたのか、それとも別の理由があるのか。七不思議の調査が終わったらそっちも調べてみたいわよねー」 「一人でやってくださいね、それ」  高校生にもなってそんなおまじないを信じるなんて。もともとそういったことに興味のない透史としてはそんなことを思ってしまう。いや、目の前に七不思議を全面的に信じている人間がいるが。 「七不思議に話を戻しますけど、購買の並ぶ人体模型っていうのは、そのままですかね?」 「うん。お昼時に気づくと、制服着た人体模型が購買に並んでるっていう」  ちゃんと制服着てるのか、律儀だな。 「あれ、でも今、人体模型ってないよね?」 「そうなのよー。なんか壊れたとかで修理にだしていて、学校内に人体模型がいない。よって、検証が不可能」  残念そうに菊がため息をついた。困ったな、どんどん選択肢が減っていく。 「最後のやつは?」 「ニセモノの神様? これはねー、名前しかわかんないの」 「名前しか?」 「七不思議のお約束。最後の七つ目を知った人間は、死ぬってやつ」  軽い口調で恐ろしいことを言う。 「え、今知っちゃいましたけど」 「タイトルだけなら、ずいぶん前からわたし知ってるし大丈夫」  なんの自信だよ。 「ニセモノの神様って、なんかヤバそうだね」 「そうだな、購買に並ぶ人体模型よりは」  人体模型も絵面はやばそうだが。 「最終的には、ニセモノの神様のことも特定したいんだけどねー」 「知ったら死ぬと言われているのに」 「それはそれ、これはこれ。真実の解明のためには多少の犠牲は厭わない、それがジャーナリズムってやつよ!」 「ただの好奇心ですよね」  そんなはた迷惑なものがジャーナリズムなのかは知らんが、捨ててしまえとは思う。 「でも、何の手がかりもないのに、どうやって特定するんですか?」 「なんとなくは、わかるんだよねー」  菊はチョークを再び手にすると、 「場所が決まってるじゃない? 階段は旧校舎。人面魚はプールだし、ピアノは音楽室でしょ? 人体模型は購買で、招かれざる生徒は屋上」  それぞれの名前の横に、場所を書いていく。 「ここ以外のどっか、だと思うんだよね」 「その根拠は?」 「一つの場所に複数の怪異は共存するわけないじゃない」  いい笑顔で当たり前のように言われた。そんな常識初めて聞いたが。 「それ以外かー。理科室とか?」 「理科室は人体模型とかぶってない?」 「そっか。視聴覚室、新校舎の教室とか」 「職員室、柔道場?」 「わたしはね、今のところ校長室が怪しいと思ってるんだよねー」 「その心は?」 「神棚があるから」 「あるんだ」  そういえば、校長室なんて入ったことがなかったから知らなかった。 「古い神棚だから、昨日今日できたものじゃないだろうし。なんか意味あるのかなーと思って」 「なんでお菊さんは、校長室のこと詳しいんですか?」 「あー、あの、何度か呼び出されて。一年のころだけど」  苦笑しながら言われた言葉に、それ以上聞くのはやめた。どうせ、奇行を咎められたのだろう。 「じゃあ、あれですよ。話戻りますけど、やっぱり深夜の体育館はやめましょうよ。また、呼び出されますよ」 「大丈夫大丈夫、校長マブダチだし」 「え、なんで?!」 「ちょっと趣味があってね」  知りたくなかった。 「校長、部誌のこと応援してくれてるし、大丈夫だよ。でもまあ、なるべく見つからないようにしてさ。とりあえず、今夜やるよー!」  はい、けってーい! と菊は嬉しそうに宣言する。 「勘弁してよ」  透史はぼやき、 「あれ?」  視線を動かした。今、何かいたような。 「石居くん?」 「あ、いや、なんか今、黒いものが視界を横切った気がして」 「え、やだ、お化け?」  弥生が、気味が悪そうな顔をすると、 「飛蚊症じゃないのー?」  興味なさそうに菊が言った。 「え、意外な反応」 「だって、わたしはちっとも幽霊が見えないのに、透史が先に見えるなんてありえないもん」  どこまでも自分本位な発言。 「あー、そういう」  透史はうんざりしながらそう呟き、まだ不安そうな顔をする弥生に、 「気のせいだと思うよ。ごめんね」  と言葉を返した。 「さて、透史のヨタ話はさておいて、今日のこと決めましょ」  うきうきとしたテンションで、菊が言った。
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