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ここまでされると、迫田は、中津川のことが好きなのではないかと、思ってしまっても仕方ないだろう。
だって、中津川が休みをとるときに替わりにくる同僚にはそんなに親切でもないらしいし、誰に訊いても、迫田は実力がある分迫力もあって、めちゃめちゃ恐ろしい上に気難しい、それなのによくコンビを組んでやってられるな、と感心されるのだ。
だから、もしも、迫田に好きだとか言われたら、自分はなんて答えるだろう?
そう自問自答してみたこともある。
迫田のことは嫌いじゃない。
高原と同じく、カッコイイ漢だ、と思う。
好きって言われたら、そういう関係になってもいっかなーとか思ったりして。
やっぱ、俺が抱かれんのかな?
そーだよな、迫田サンあんなゴツいし、抱けって言われても俺、勃たねぇ気がする…。
「どうした、眠れないのか?」
思わず、マジマジと迫田を見つめてしまっていたらしい。
いつもの迫力ある無愛想な面が、中津川を見返していた。
「いや…迫田さんて俺ンことスキなんすか?」
考えていたことがそのまま口に出てしまった。
そういう単純さが、宇賀神会に拾われるまでは災いしか呼んでこなかったし、トラブルの元であったのだが。
中津川は、自分が単純だという自覚もなければ、なんでトラブってしまうのか、なんて考えもしない。
ムズカシイことを考えるのは苦手だ、とバッサリなのだ。
「あー、あの、えっと、抱きたいって意味でスキなんスかね?」
迫田は、その厳つい顔を変なふうに歪めた。
とてもわかりにくいけれど、その顔の迫田は笑っている。
6年コンビを組んでやってきたので、細かいことに拘らない中津川にも、それぐらいはわかっていた。
「今更気づいたのか、ハル」
本当にお前は馬鹿だな?
「俺はもうずっと、お前の尻の穴を狙ってたんだが」
「えー?それって俺ンことスキなんすか?それとも、カラダ目当て?」
つか俺、目当てにされるよーなカラダ持ってねぇスけど。
聞き返すと、迫田の顔がますます歪む。
「お前はどっちがいい?」
逆に訊き返されて、中津川はうーん、と唸った。
どんなことでも、深く考えるのは苦手だ。
「どっちでも、迫田サンが俺ンこと欲しいって思ってくれんなら、フツーに嬉しいッスね」
誰かに必要とされたことはあまりない。
だから。
高原に拾って貰って、居場所を貰えて嬉しかった。
龍大の護衛に抜擢されて、命を賭けて守るという大義を与えられて、こんな命にも価値を貰えた。
もしも、迫田が、カラダだけでも抱きたいと思ってくれたのなら、この貧相なカラダにも存在価値があることになる。
中身をスキだと思ってくれたなら?
それは、すげえことなんじゃないかな。
なんかよくわかんねえけど、すげえことだ。
飛び跳ねたくなるぐらい嬉しい、と思う。
そう、嬉しそうに言った中津川に、何故か迫田はため息を吐いた。
「お前は好きになってくれる奴なら誰でもいいのか」
「うーん?誰でもってわけじゃねえと思うッスけど…」
「まあ、いい。それなら早い者勝ちだな?お前は今から俺のモンだ」
迫田は、フン、と鼻を鳴らしてそう宣言した。
「いいか、いくら馬鹿でも、恋人ができたら他の奴と寝るのはダメだってことぐらいわかってるな、ハル?」
「俺を何だと思ってンの、迫田サン…勉強はできねえけど、そーゆーのはちゃんとしてっから。えーと、ケーソーカンネン?とかゆーやつだろ?」
中津川は得意気に胸を反らす。
「貞操観念、な」
迫田は短くツッコんだ。
「とにかく、そのヘーソーカンネン?はちゃんとしてっから、コイビトできたら一筋っすよ!…いたことないけど」
「なんだ、お前、そんな軟派な性格してるくせに童貞か」
というか、恋人いない歴イコール年齢か。
もうじき魔法使いじゃねえか。
迫田の顔がまた大きく歪んだ。
笑っている。
「言ってンじゃねぇスか、俺、あんま人に必要とされたことねえって…コイビトとかいたことあったら、そんなん言わねえっしょ?」
愛し合ってたら、めちゃくちゃ相手に必要とされてンじゃねえすか。
拗ねたような顔をする中津川の顎を、迫田は掴んだ。
「なら、俺がお前をめちゃくちゃ必要としてやるから、貞操観念、しっかり守れよ?」
俺以外の奴に、こんなことさせるなよな?
え、と思う暇もなかった。
迫田の顔がぐっと近寄ってきて、そして。
唇に、生温いものが押し付けられた。
ねちゃり、と濡れた感触がして口の中に何かが侵入してくる。
キスされてる、と気づいたのは、その分厚い舌にかなり腔内を掻き回され、唾液を流し込まれ、逆に舌を吸い上げられ、唾液を吸われ、どこからどこまでが自分の口の中で、迫田の口の中なのか、がよくわからなくなってからだった。
下腹が重く痺れて、熱が溜まっている。
キスされて、身体が反応しているのだ。
チュッ、と甲高い音をたてて、唇が離れた。
迫田は、またあのわかりにくい笑みを浮かべている。
「今は仕事中だったな、悪い」
そんなことを言われても、中津川は生まれて初めてのディープキスに息も絶え絶えだ。
「続きは今度の休みのときにしてやるから、もう寝ろ」
とにかく、俺以外の奴に触られるなよ?
好きだって言われても、ホイホイついていくんじゃないぞ?
ハル、お前は馬鹿だから心配だ。
頭をくしゃりと撫でられて、中津川はなんだか胸がムズムズする。
「それ」
「うん?」
「頭、撫でんの」
「これがどうした?」
「それ、俺がしてって言ったら、いつでもしてくれッスか?」
鼻の頭を少し赤くした中津川がそう言うのを、迫田は少し目を細めて見た。
「撫でられたいのか?こうされんのが、好きか?」
くしゃくしゃと髪を掻き回す。
「スキみてぇッス…キモチイイ」
「お前が他の奴に触らせないって約束するなら、いつでも撫でてやる」
だから。
お前は俺の恋人になるってことで、いいな?
「ウッス」
「色気のない返事だな」
「じゃあ、アハン?」
「……お前は色気をいろんな意味で間違えている」
「えー?色気のある返事ってどんなんスか?わかんねえッス!」
中津川は唇を尖らす。
迫田は肩を竦めた。
「もういいから、早く寝ろ。明日、坊っちゃんが早朝に出発されるなら、お前が運転だからな?」
「ええっ?」
「さすがに完徹で運転はキツイ。運転するなら少しは寝たいんだ…お前が早く寝て、早く交替しないと、そうなるからな」
「速攻寝るから交替早めで頼んマス!俺の運転じゃあ、あの二人のバイクに撒かれそうッス…」
瞼を閉じたら、迫田のごつい手がまた髪を撫でてくれた。
それが気持ちよくて、すぐに睡魔がやってくる。
眠りに落ちながら、中津川は、車中泊もそんなに悪くなかったな…と思っていた。
fin.
2019.05.09
旅行の間、タツの護衛はどうしているのだろうか、と素朴な疑問から生まれた妄想でした。
お粗末様でした…。
ひらかわしほ
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