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人気作家たる彼の、紳士的な笑みを浮かべた瞳の奥に、無邪気な残忍さが秘められている事に私は気付いていた。
先生は本気で人魚を、自らの手で生み出そうとしている…
思わず懐に入れた私の手を、彼の眼は見逃さなかった。慌てて取り繕おうとしたが、彼は素早く私の持っていた一通の手紙を取り上げてしまった。
「なんだいこれは…おや、恋文じゃないか」
「ええと、それは…」
「君には確か、親の決めた結婚相手が居るのだったね…?」
紳士の影は消え失せ、そこに浮かんだ笑みはいつか読んだアリスの物語のチェシャ猫を思わせた。
今度は君が話をする番だよ…
ぎらりと光った夢想家の瞳に美しい女文字がゆらゆらと滲んで、魚の姿に変わったような気がした…
(了)
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