人魚がいた頃

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 人魚とのキスは、鉄っぽい味がした。  それが意味することを理解するまで、ずいぶん長い時間を要した。  あの別れの日以来、私はすこぶる快調だ──もう喘息の発作に襲われることはないし、慢性化しつつあった腰痛もいつの間にか治ってしまった。  あの朝、彼女はずっと自分の指を噛んでいた。  私の家には、人魚の鱗が一枚だけ残っている。あの日彼女が剥がし、私の怒りを買った鱗だ。それが彼女の、たったひとつの置き土産だった。  馬鹿野郎。玉虫色に輝く鱗に向かって、私は毒づく。自傷はやめろと、あれだけ言い聞かせたのに。  必ずまた、会いに来るわ。  人魚の別れ際の言葉が、この頃何度もよみがえってくる。  宣言通り、彼女はいつか戻ってくるだろう──その頃には、あの美しい鱗も、しなやかな鰭も失われているかもしれない。彼女はどこかの浜辺で、魔女の飲み薬に頼らず、己の力のみでそれらを捨て去る気でいるのだ。  彼女が進化にどれだけの時間を要するのか、私にはわからない。  ただ一つ確かなのは、私にはもう待つ他ないということだ。それ以外の選択肢は、彼女が永久に奪い去ってしまった。  長い時間が経った──造船所は閉鎖され、知人はみんな亡くなった。  私だけが変わらず、今日も人魚を待ち続ける。
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