第1話

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第1話

加虐趣味のある者は、対象を自分より弱い者にする場合もあるし、決して屈しないような大きな体躯、分厚い胸板、女性のウェストぐらいありそうな太腿、鋭い眼光、隙のない佇まいの者に向けられる場合もある。 後者の場合は、その欲求を安全に満たすことは難しい。 力のある者はより屈強な者を虐げるたびにより大きな快感を持つ。 しかし大体の場合、彼らはそれなりの地位と財産を持ち、ちょっとしたことをスキャンダルとして大袈裟に騒ぎ立て足元を揺るがそうとする輩に狙われている。 男を加虐して性的興奮を覚える男であるということが世間に露呈すれば、失うものは小さくない。 だがその欲求を安全に満たす場所がある。 招待制のバーということになっているが、店には男しかいない。 皆、揃いの詰襟で裾の長い上着を着、髪は全て後ろに流していて一分の隙もない。 もちろん大きく屈強な体躯、分厚い胸板、丸太のような太腿、伸びた背筋、鋭い眼光の男たちばかりだ。 これで揃いの帽子でもかぶっていれば、どこかの軍の制服を着ているように見えるだろう。 今宵、こんな奇妙な場所へ連れてこられたのはひょろりとした20代後半の男だった。 連れてきたのは4人の中年から壮年の男たちだった。 澄ましているが、夜中が近くなったせいか脂ぎっていて体臭も濃くなっていた。 大した経歴もないのに、とある人物からの紹介で一緒に仕事をすることになった。 いつもの4人であれば、お互いの利益がたっぷりと出るように多少の不正も交えながら交渉していくものを、今回はこのおどおどした眼鏡の若い男のせいでそれも大ぴらにできない。 若い男は細かいことのよく気がつき正論を口にするばかりだった。 長年に渡り談合をしていたことがこの男から「その人物」へ伝わってしまうと、下手をすれば会社が危機的な状態になってしまうため、渋々その正論を飲むしかなかった。 こんなにも懐が温まらず、面白くない交渉に4人は辟易していた。 腹いせにこの男をからかってやろうとして、ここに連れてきた。 他言できないほどの性的な恥ずかしい思いをしているのを見るのもいいし、それを理由に脅すように多少のことの口封じもできるかもしれない。 「面白い場所だろう、若宮くん」 「は、はぁ」 「この店には滅多に来ることができないんだよ」 4人の男たちはこの店で遊ぶのにどれくらい金がかかるのかを匂わせ、また厳しい顧客管理について語ることによって、自分たちがいかに選ばれた人物かというのを若宮に示した。 「どうだい、君も一力(いちりき)さんのお声がかりだ。 将来有望なんだろう。 こういう遊びも少し、経験しておくのもいいんじゃないか」 「そうそう。 女じゃないとダメだなんて、硬いことは言わないよね。 若いんだから考えも柔軟的なはずだ」 「挿入()れなきゃ脱がそうが縛ろうがなんだってしてもいいんだ。 玩具が必要ならそれも用意してあるから遠慮なく言ってくれ」 4人の男は卑下た笑みを浮かべ、若宮の顔が青白くなっていくのを見ている。 誰も指名をしていないので、この5人のテーブルでは黒スーツの店の男が飲み物などの手配をしているだけだった。 「もちろん私たちもそれぞれ楽しむつもりだよ。 君だけじゃない」 「どの男がいいかい。 好きな男を先に指名するといいよ。 私たちはそのあとで指名するから」 「い、いいえ。私はご遠慮し…」 「遠慮なんか必要ないだろう。 若いうちだけだよ、甘えさせてもらえるのは。 今のうちに甘えさせてもらったほうがいいよ」 「ほらほら、どの男がいいかい」 「もしかして君は男になにかされるほうが好みなのかな」 「ああ、それは申し訳ないことをした! てっきり上がいいと思っていたから。 特別料金を支払えば下になることもできたはずだよ」 「いやいや、せっかくの機会だ。 上の味を楽しんでみたまえよ。 知らないだけで、やってみれば病みつきになるかもしれない」 にたりにたりと下手な三文芝居をする4人は、ますます蒼白になっていく若宮を見て悦に入っていた。 「若宮くんが遠慮して選べないなら、私が選んであげよう。 ここに来て指名をなかなか入れないなんて、店にも悪いからね。 あの男なんていいんじゃないか」 店の壁際に沿って一列に並び指名を待っている男の中から1番身体の大きな男に視線を向けた。 他の3人の男もすぐに同意したので、大きな男が5人のテーブルに連れてこられた。 30代半ばか後半であろうか。 小さな頭に彫りの深い顔立ち、身体つきから日本人ではないのは明らかだ。 黒髪を後ろになでつけていて、露わになっている耳は形がよい。 目は不思議と濃い紫色をしているが、なにを考えているのかは悟らせることはしない。 ぎらりと5人に厳しい視線を送るが、睨みつけることはなく無関心を装っている。 アルベルトという50代半ばのダークブラウンのスーツを着たフロア支配人が付き添い、黒髪の男の名はゲオルグだと告げた。 「さあ、若宮くん。どうぞ愉しんでくれ」 4人の不躾な視線が若宮とゲオルグに注がれる。
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