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それから
※野々宮視点
「好きな人にはうんと優しくしてあげなさい。」
その言葉を直接の知り合いに言われたのか、仕事の台詞にあったのかは思い出せない。
ただ、その言葉だけ印象に残っていた。
◆
人の視線にさらされる事の多い仕事をしている。
出待ちのファンを見たこともあった。
だから、園宮の視線の意味にも気が付いていた気がしていた。
実際、自分が寝ている最中に自分のことを見ていた訳で間違いではなかったのだけれど、多分それは多大に憧れの様なものが混じった感情なのだろう。
無償の愛といえば聞こえがいいが、別に俺の気持ちが無くてもいいという一方通行の気持ちに近い。
園宮にももっと俺を欲しがって欲しいと思った。
だからといって嫉妬をさせようとしても何をしても無駄だという事はこの前の熱愛発覚が報道されたときに分かった。
あれ自体誤報だったが、そのときも園宮は俺に何か言ってくる事すらなかったのだ。
無意味な事になるだけだろうという事はわかりきっている。
じゃあ、どうするのか。浮かんできたのが
「好きな人にはうんと優しくしてあげなさい。」
だった。
他に何も浮かばなかったし、優しくしてみたいと思った。
恋人になった翌日実行してみると、思っていたより自分自身が園宮を甘やかしたがっている事に気が付いた。
園宮の髪の毛をそっと撫でると、彼の顔は嬉しそうに目じりを下げた。
けれど瞳はゆらゆらと揺れて困っているのが分かる。
それが戸惑いからくるものな事はもう分かっている。
少しずつその戸惑いも遠慮も何もかも無くなって甘えてくれれば最高だ。
もう一度、園宮の髪の毛を撫でた。
◆
「野々宮さん、お迎えに来ました。」
勝手知ったるという言葉の通り、合鍵を渡しているマネージャーが部屋に入ってくる。
ちょうど二人でゆっくりとソファーに座っていたところだった。
園宮が俺より早く立ち上がる。
「出かける支度しますね。」
園宮は俺の鞄は一切触らない。だから支度が何のことかは分からない。
ただ、マネージャーに二人でいるところをみられたのがいたたまれなかったのだろう。
「ああ、ようやく手に入れる気になったんですか。」
マネージャーは、園宮とメールアドレスを交換して俺の仕事のスケジュールすら教えていた。
ある程度の事は分かっているのだろう。
癪ではあるけれど、敵にしたいとも思えない。
「別にいいだろ。」
俺が苛立った気持ちのまま言い返すと、マネージャーは別に気にした風もなく「まあ、園宮君なら今までと何の変わりもないですからねえ。」と言った。
「もうとっくに特別だったでしょ。」
スマートフォンで何かを確認しながらマネージャーは付け加える。
「まあ、そうだな。」
それだけ答えると荷物を持って玄関に向かった。
「いってらっしゃい。」
園宮がハンカチを渡しながら言う。
マネージャーにはこれからは駐車場で待っていてもらう事にしよう。これではおちおちキスをする事もできない。
仕方がなく、園宮の頭を軽く撫でてから家を出た。
了
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