バレンタイン

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バレンタイン

ただ、自分も同じようにプレゼントができたら、そう思っただけだった。 去年の今ごろ、毎年恒例になっているネット上でのバレンタインの報告とお礼の写真を見てうらやましいと思ったのだ。 それはきれいにラッピングされたチョコレートで、自分も欲しいというよりは自分も贈ってみたかったのだ。 別に写真に個人情報らしきものは写っていなかったし、贈ったものが写真の中になくてもそれでよかった。 デパートの特設会場で常温保存できるチョコレートを購入して、ファンクラブの宛てに送った。 メッセージカードはごく簡単なものを付ける。 きちんと身元を封筒の裏に書いておいたので不審者からの送付品だとは思われないだろう。 初めて贈ったプレゼントに、初めて贈ったファンレターだった。 ずっと雑誌やテレビ、ファンクラブの会報で見ているだけだったので、それはとても楽しかった。 少しだけドキドキして照れくさいような嬉しい気持ちになる。 現実とはあまり関係ないし、男が参加していいイベントか分からなかったけれど、それでも楽しかった。 ◆ バレンタイン当日は夕方以降野々宮君は仕事が入っておらず、家でゆっくりとすごしていた。 特にチョコレートの話題は出なかったし、普通の一日がすぎていくところだった。 そこにマネージャーさんが慌てた様子でマンションにあらわれたのだ。 「どうしましたか?」 トラブルだろうか?それとも予定でも変更になったのだろうか。 野々宮君はつまらなさそうに、窓のほうへ視線を移した。 「スポンサーの方から届いている場合、お礼をすぐにしたいのでうちでは今日までに届いたチョコレートのチェックを行うんですよ。」 業界の事はあまり知らないし、野々宮君はファンサービスやSNSを熱心にやるタイプではない。 恐らくある程度の部分まではマネージャーさんが手伝ってくれている事は分かっていた。チームで仕事をしているので、それ自体は当然の事だと思っているのでまるでぼくに説明している様なマネージャーさんの言葉に不思議に思う。 「細かい確認はこれからなので見つけたのは本当に偶然なんですが……。」 マネージャーさんが野々宮君に渡した封筒は覚えがあった。 それはぼくが送ったもので、面倒そうに封筒をみ見ていた野々宮君は、その封筒を裏返すと即こちらを見た。 「なんで事務所宛に荷物送ったんだよ?」 「ファンとして、贈りたかったから。」 ぼくが答えると野々宮君は、はあーっとあからさまに溜息をついた。 何がいけなかったのだろう。 野々宮君はぼくが彼のファンだという事も知っているし、ファンクラブに入っている事も知っているはずだ。 だから、別にチョコレートを贈ってみたくなってもそれほどおかしい事には思えない。 「俺が毎年チョコレートなんて一つも食べてないの知ってるだろ。」 「そりゃあそうだよ。一見市販品でも何か細工してあるものもあるかもしれないし、俳優としてのコンディション作りだったあるんだし。それは別に普通のことだよ?」 それは当たり前だ。 贈った人は誰だってある程度気がついている筈だ。 「それじゃあ、ちゃんとお届けしましたからね。 明日は10時に迎えに来ますから。」 話しをさえぎるように、マネージャーさんははっきりとそれだけ言った。 それからすぐにマンションから帰ってしまったのだ。 「普通に渡せばいいだろうに。」 野々宮君はチョコの包み紙を開けながら言う。 「なんとなくバレンタインって女の子のイベントだったから……。」 ぼくがそう返すと野々宮君は「俺も準備してないから人の事言えやしねえけど、恋人なんだから別にいいだろ。」と言った。 「じゃあ、来年からは直接渡してもいいかな? でも、ファンとしては事務所に送ったほうが……。」 野々宮君はもう一度「はあ」と大きな溜息をついた。 「俳優としての野々宮隆朝はくれてやってるんだ。それ以上の部分は俺自身のものだろ。」 ぼくも野々宮君も恋人であるという事は誰にも伝えていない。 知っているのは多分マネージャーさんだけだ。親にさえ言ってはいない。 存在しない筈の関係だから、あまり恋人らしい事をしない方がいいんじゃないかと思っていた。 野々宮君の部屋にいるときだけ恋人としていられればそれで充分だったから。 だけど、さすがのぼくでも野々宮君が何故そういう風に言ったのかは分かった。 俳優以外の野々宮君は彼自身のものでその一部をぼくにくれると言ってるも同然だった。 「ありがとう。」 とりあえず伝えられそうなのは感謝の気持ちだけだった。 嬉しくて、気恥ずかしくて、少し切ない。そんな気分で胸がいっぱいで他には何も伝えられない。 チョコレートを一口食べた野々宮君が「美味いな。」と言って笑顔を浮かべた。 それは、俳優であるときの野々宮君と少しだけ違う、優しい笑顔で、思わず微笑み返してしまった。 END
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