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俳優×健気 初めて、テレビの画面で彼の姿を見た時、確かにぼくは救われたのだ。 小学校の5年生の時虐められて以来碌に学校に行っていなかったぼくは、中学に上がっても相変わらず不登校がちだった。 母が見ていたテレビを、なんとなくリビングで一緒に見ていた。 そこに出ていたのが、ぼくと同い年の野々宮隆朝だった。 彼はドラマの中で主人公の弟役を演じていた。 それほど出番は多くなかったが、ぼくには彼ばかりが目に映って、その一挙手一投足から目が離せなかった。 長い手足も、すっと通った鼻筋も、よくとおる低い声も、どれもぼくには無いものでそして憧れだった。 切れ長の瞳には迷いなんていうものは映っておらず、それが一番好きだと思った。 悩んでばかりで、色々なものが、人間が、怖くて仕方のない自分と違う彼の存在は救いに近かったのだと思う。 ぼくは、すぐにネットで野々宮隆朝がどんな俳優なのか調べて、それから生まれて初めてアイドル雑誌を買って、出ている番組は全て調べて、全て見た。 彼が、芸能人も多く在籍する私立の高校に入学予定だという噂をネットで見て、猛勉強して親に頭を下げて、その高校を受験した。 結果として噂は事実でぼくと野々宮君は同じ学校の生徒になった。 といっても、ぼくと彼とでは科が違っていて接点なんて何もなかった。 けれど全校集会で彼の姿が見れるだけで幸せだった。 彼と同じ学校に通って、彼と同じ制服を着て、彼と同じ空気を吸っているだけでもう充分だと思えた。 だから、2年に進級した時に決めたクラスの委員会決めで押し付けられた美化委員会に野々宮君が居た時には驚きが隠せなかった。 同じ学年の中で3人ほどの班を作った時に、同じ班になって、緊張でカミまくって恥ずかしい思いをしながらもなんとか自己紹介をして、野々宮君はそんなぼくを馬鹿にすることも無く、申し訳なさそうに俳優業の関係で委員会にあまり参加できそうにないことを話していた。 ぼくは、仕事ならしょうがないよと調子の良いことを言って、それから委員会のお知らせをメールで野々宮君に送る約束をした。 美化委員会の主な仕事は、教室掃除で出たゴミをまとめることと、校内の見回りだ。 校内の見回りは当番制で、教室一部屋一部屋の掃除ロッカーを点検する。 ゴミは各教室から出たものを一か所にまとめるのだが、その後美化委員がゴミ袋にまとめて業者に引き取ってもらう。 野々宮君は一度も一緒に委員会の仕事をしたことは無かったし、いつの間にかもう一人の委員も来なくなってしまったけれど、それでも名前だけでも一緒に過ごしているという事実は嬉しかった。 仕事は大変だったけれど、頑張れた。 メールは、委員会の集まりがあるごとに野々宮君に報告をしていた。 返事はあまり無かったけれど、忙しいんだろうと思う。 ◆ ある日、初めて野々宮君から返事以外の連絡があった。 夏休みの宿題が俳優業が忙しすぎて追いついていないというものだった。 どうやら、科が違っても共通のプリント等はあるらしい。 不登校では無くなったものの、相変わらず大して友達もいないぼくはやることもなく、宿題は早々に終わっていた。 ぼくので良かったら写す? そう聞くと、近くまで迎えに行くから彼の今住んでいる家まで来て欲しいと返ってきた。 断る理由は何もなかった。 宿題と筆記用具を持ってすぐに家を出た。 途中のコンビニで清涼飲料水を2本買って、その時、ガラス扉に映る自分の姿を見て、ようやくもう少し髪の毛とか服装に気を使っておくべきだったと思った。 結構恥ずかしい気がする。 こんな適当な恰好をして、彼の家に向かっていることが申し訳ない様な気持ちになる。 でもすぐに、男同士で何考えているのだろうと思い直す。 あきらめて、コンビニを出てそれからすぐに、彼の指定した公園は見つかった。 到着したと連絡をしてから15分ほど待っただろうか、私服の野々宮君が現れた。 制服を着ていない野々宮君を見るのは初めてだった。 黒のズボンに柄物のシャツとシンプルなTシャツ、それだけなのに一つの作品みたいに野々宮君はかっこよかった。 思わず、見とれていると、行くぞと相変わらず低い声で言われ慌てて後を付いて行った。 彼の家につく。そこはマンションの一室で入ってみて驚いた。 多分彼は一人暮らしだろう。 なんていうか、男の一人暮らしって話には聞いたことがある気がするが、とても汚い。 「こっち。」 そっけなく言われ慌てて靴を脱いで後に続く。 散らかり放題のリビングのローテーブルで、床に座ると宿題を差し出す。 それから少しぬるくなってしまったペットボトルを二本取り出す。 「どっちがいい?」 ぼくが聞くと、「コーラ」と言われそちらを差し出す。 特に会話も無く、野々宮君は黙々と宿題を写していた。 周りを見回すと雑然とした室内で棚には埃が積もっていて野々宮君の忙しさを物語っていた。 「あのさ、部屋掃除してもいいかな?」 その時は厚かましいとか、大して仲良くも無い人に自分のものを触られたくないとかそういうことは全部頭からどこかに行ってしまっていた。 多分野々宮君の家に初めて来て舞い上がっていたのだと思う。 野々宮君は顔を上げて僕のことをちらりと見ると 「勝手にすれば。」 とだけ言った。 その後は、こちらを見ることも無くまた宿題の方を見ていた。 ぼくは立ち上がると台所へと向かった。 リビングでごちゃごちゃ始めるとさすがにうるさくて野々宮君の迷惑だろうと考えたからだ。 引きこもりで家にずっといたぼくは掃除だけは比較的得意だった。 ありがたいことに台所の棚には雑巾他掃除道具はあったし、何とかなりそうだった。 ◆ 必死に床を磨いていた所為か、野々宮君に声をかけられるまで、かなり時間が経っていることに気が付かなかった。 我に返ってようやく薄暗くなっていることに気が付く。 「あ、ごめん。」 立ち上がると、腰がきしきしする。 野々宮くんは部屋を見渡すと「ふーん」とだけ言った。 ぼくは、掃除用具を片付けながら、「宿題は終わった?」と聞いた。 まあと良く分からない返事をした後、野々宮君は「なあ、園宮は飯作れねえの?」と聞いた。 言われた理由が良く分からなかった。 「チャーハン位なら。」 何とか作れないことも無い。 「ッチ、使えねーな。」 野々宮君の口から出たのは普段の喋り方ともテレビの中での喋り方とも違ったもので思わず目を見開いた。 けれど、野々宮君の切れ長の瞳を見たらそれはいつも通り真っ直ぐに見えてどうでもよくなった。 「じゃあ、また練習しとくよ。次会う時までにはレパートリー増やしておくね。」 ぼくがそう返すと、野々宮君は少しだけ驚いた顔をしていた。
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