第1章 ビフレスト

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第1章 ビフレスト

 10月30日の渋谷の夜は大変賑わっている。 「イエ~」  どこにでもありがちな叫び声を挙げながら、若い男女がスクランブル交差点の中央で飛び跳ねる。それに釣られてというわけではないが、周りにいた外国人や中年の男女、他の若い男女とみんなが交差点の中央で大声を挙げながら飛び跳ねる。  そこ傾向は一種狂ってしまったのではないかと思うくらいの情景である。 「交差点の中央で立ち止まらない下さい。他の通行人の邪魔になります。交差点は立ち止まる場所ではありません。交差点は人と人の出会いの場所でもあり、人生の流れが止まらないのと同じく、皆さんが立ち止まってはいけない場所です・・・」と、交通整理に出ているDJポリスが得意の話術で誘導している。  ここ数年、見慣れた風景となったハロウィンの夜である。  渋谷に限らず、日本全国でこの光景は見られる。とくに渋谷はDJポリスと言う話しかたの上手な警察官が登場してからはイベントがあるたびに話題となっている。  その話題は日本だけでなく、世界各国にも響き渡るほど有名な話題となっていた。  人々の格好は様々で、最近はゾンビネタが多い。海外ドラマの影響でもあるが、中にはゲームキャラクターの衣装を身に着けた若者や、マンガのキャラクターの恰好をした外国人もいる。  そんな人ごみの中を、頭を左手で掻きむしりながら進む若者がいた。 「ふざけるな・・・。こんな・・・、こんな世界はお笑いだ・・・。みんな・・・、みんな消えてしまえばいいんだ」  そう叫ぶ若者は仮装している男女にぶつかってはことごとく注意されている。が、彼はまったく気にしている様子はなく、ただその足取りは千鳥足でふらふらしている。  白の薄汚れたTシャツに黒のジャケットを羽織っているので、一見、どこかのIT企業に勤めている青年にも見える。で、この騒ぎである。酔い潰れた青年が目を覚ましてブツブツと愚痴を吐きながら歩いているのだと周りは思っている。  または、その恰好さえもシンプルなハロウィンの仮装だと思う外国人もいた。 「こんな世界・・・、亡くなってしまえばいいんだ・・・」  その一言を聞いた、ドラキュラの仮装をした若い青年が声を掛けた。 「ねえねえお兄さん!何ブツブツ言ってるの!」と彼が言うと、それを引き継ぐように彼の後ろから顔を出した少女が、「こんな楽しい夜は楽しまなきゃ!ハッピーハロウィン!!」と叫んだ。 「ウルサイ!!俺にかまうな」  そのドラキュラの手を払った男は、激しく頭を掻き毟りながら「ウザイ!ウザイ!!ウザいんだ!お前らは!!」と叫んだ。  一瞬、その周囲が静まり返った。ドラキュラの仮装をした青年とその彼女も粟を食ったかのような表情を見せながら、「何だよ、一緒に盛り上がろうとしたのに・・・。こっちがしらけちまったじゃんか」と文句を言ってその場を歩き去って行った。  ジャケットの青年は周囲の白い目を受けながらも、再び歩き出した。  今度は自分の進む前にいる者を容赦なく両手で押しのけて歩く。その姿や行為に手を出された男性は青年の肩に手を掛けて文句を言うとするが、その表情に恐怖を感じて口をつぐむ。女性は声を挙げて悲鳴を叫ぶも、やはりその青年の目つきや表情を見て口をつぐむ。 「誰も俺の気持ちなどわかるものか・・・」  青年はそう呟くと一人路地裏へと歩き出し、適当な雑居ビルに入る。冷たい鉄の扉を開け、温く淀んだ空気の中を歩く。目の前に荷物専用のエレベーターと表示が書かれたエレベーターのボタンを押す。  汚物の臭いが残るエレベーターに乗り込み、最上階のボタンを握った右手拳で叩いた。最上階まで昇ると、そこからはフラフラと歩きながらビルの屋上へと出る。  鉄の扉には鍵がかかっているが、簡単に施錠を解除できた。  静かに扉を開けると冷たい風が室内に吹き込む。温んだ空気とは違い冬間近の東京の風は以上に冷たく、そして心地が良い。  青年はブルッと身体を震わせると手すり越しに騒ぎまくる、ハロウィンを楽しむ人々を上から眺めた。 「こんな世界・・・。俺に破壊する力があれば・・・、一瞬で破滅させてやるのに・・・」と叫びながら、青年は両手を大きく広げた。  光り輝くネオンが眩しい。華やかな街と言うイメージが強い渋谷の街並みに、青年は広げた右手を思い切り左に向かって振った。  あたかも、渋谷の街を一瞬にして破壊する意味を込めた動作である。 『そんなにこの街を破壊したいか・・・?』  突然、青年の背後から声が聞こえた。  青年はゆっくりと後ろを振り向き、声の主を確認しようとした。 「誰だ・・・?」と青年が発すると、薄暗い電灯の前に黒い渦を巻く煙が立ち上っている。 「けむ・・・り・・・?」  そういうと、黒い煙は丸い円形へと変化し、その真ん中には赤い二つの光が光だし、こちらを見つめている。 『けむり・・・。懐かしい言葉だ・・・。そうか・・・、今は我の姿は煙に見えるか・・・』 「誰・・・?」  青年はその黒い煙がホログラフィーか何かと思い、近づいて手を出した。その瞬間、青年の体は黒い渦へ吸い込まれていった。
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