第2章 アルフヘイム混乱

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 エルフたちは5人の異様な姿をする者たちを、手足をエルフの紐で結び、身動きが取れないようにして自分達の住む森へと連れ帰った。  彼らは、空いている部屋に5人を押し込むと、扉に鍵を掛けてその場を離れた。  エルフ達が立ち去った後、最初に気がついたのはミイラ男の仮装をした若者である。  叩かれた後頭部に手を摩りながら起き上がると、薄暗い部屋の中を見回した。少し離れた壁に寄りかかるように破れたナース服に血で汚れた彼女が眠っている。しかし、青年はその姿を見て怪我をしていると思い、真っ先に彼女のところへ近づき、「おい!おい、大丈夫か」と声を掛けた。  青年の顔が血の気を失っていく。 「おい!おい。しっかりしろよ!おい!」と必死に彼女に向かって声を掛ける。  その声に反応してか、チェック柄のワイシャツに緑色のコートを着ている背の高い、見た目は外人の男が頭を何度も左右に振りながら身体を起こした。  ようやく、彼女も目を開いた。が、目の前にいるミイラ男の扮装に驚き、「キャアーー!」と悲鳴をあげた。  その彼女の声に気を失っていた他の者達も目を覚ました。  それぞれが目を覚ました瞬間、目の前や近くにいる仮装したままの姿に悲鳴をあげる。  暫くの間、状況を落ち着くまでの間5人は互いに怯えていた。  互いにハロウィンの仮装をしていた事を思い出した4人と、緑色のコートを着る外人は、部屋の中を見回して状況を確認しあった。 「ここは・・・?」と彼が聞く。 「エルフに捕まったようです・・・」と彼が答えた。 「エルフ?エルフって、神話やファンタジーに出てくる、あの?」とアニメキャラの仮装をしている青年が聞いた。 「はい・・・」と、ミイラ男が答える。 「そういえば、お互い自己紹介がまだだったね・・・」と外人がいった。 「いや・・・、そんな悠長な事をしている場合じゃないでしょう?」とミイラ男の青年がいう。 「でもさ・・・。それも、ハロウィンの仮装だったりして」とアニメキャラの仮装をしている彼女がいう。しかし、冷静な表情をしたミイラ男の青年は頭に被っていた包帯の仮面を取ると、「いや・・・。ここは僕達がいた渋谷じゃない・・・。見知らぬ場所。それだけは言える・・・」と落ち着いた声でいった。 「どうして、そんなことが言えるんですか?」と彼女が聞き返した。 「僕はエルフと名乗った彼らを見た。その姿は細身の身体に、ファンタジーに登場するエルフと同じく、耳が尖っていたから・・・」 「それもだから、仮装じゃないかってぇの」とアニメキャラの彼がいう。 「ちょ・・・、ちょっと。みんな、落ち着こうよ」とナース服の彼女がいう。 「ねえ、・・・」と彼女は頭を抱えて、急に黙り込んでしまった。 「どうした?どこか具合でも悪いのか?」と彼が手を差し伸べると、彼女は一言、「名前・・・」とだけ言って黙ってしまう。 「名前?」と4人が小声で呟くと、互いに自分の脳裏に名前を思い浮かべようとした。しかし、4人は相手の名前を思い出すことすら出来ないだけじゃなく、自分の名前すら忘れてしまっていた。 「まっ・・・、まさか。自分の名前すら思い出せないなんて・・・」とミイラ男の青年が呟いた。 「何をそんな冷静に・・・。ねぇ・・・、そういえば私達、あの虹の光の中に入ったわよね・・・?あの光に入ったせいなのかな?」と、ナース服の彼女が4人の方へ向き直って聞いた。 「あぁ・・・。そういえば、ビフレ・・・何とかって・・・?あれはなんだったんだ?」と青年が外人の方へ向いて聞いた。 「あぁ・・・。あれは北欧神話に登場するビフレストという名前の、いわゆる『神の橋』と呼ばれる光だと思う。神の橋は言葉の通り、神の国へと続く道。しかし、ここが神の国とは思えない・・・。そうだ。どうだろう。君達の今の姿からニックネームにして名前を呼びあうと言うのは?」と外人は笑顔を店ながらいった。 「ふ~ん。自分だけまともな呼び名になると思って・・・」とアニメキャラの彼女がいった。 「いえ・・・。そうですね・・・、ミーはハーフ、あるいはそうチェックと呼んでください」とチェックは名乗った。 「ハーフ?か、チェック?」とミイラ男の青年は苦笑しながら聞き返した。 「イエス。ミーは・・・、僕は実は、フィンランド人の父と日本人の母との間に生まれたハーフなんです。なので、日本語も話せます。あっ、でも、ミーはチェックって呼んでください。ハーフって、何だか自分でも言い難い感じがします」とチェックがいった。 「じゃあ・・・、俺はミイラ?ってことになるのか?お前は・・・、ナース?」とミイラは自分の彼女に向かっていった。 「ナース・・・?あんまりいい響きには聞こえないけど、自分の名前を思い出すまでの間だから・・・、まっ、しょうがないか・・・」とナースは渋々納得した様子だった。 「君達は・・・、そのキャラクターは何?名前?」とチェックが聞くと、二人は顔を見合わせながら、「それが、このアニメキャラの名前も忘れているようで・・・」と二人で顔を見合わせながらいうので、チェックは「なら・・・、彼氏はアニメ、彼女はキャラでどうですか?」とミイラとナースに聞いた。 「いいんじゃない。アニメとキャラ。キャラって名前、何だか可愛い感じがする」とナースが微笑みながらいうと、伽羅は照れくさそうに、「何だかね・・・」と照れ笑いをみせた。 「いや、ちょっと待てよ。お前はキャラでいいかもしれないが、俺はアニメって何だかイヤだよ。何だか、オタクっぽくてさ」とアニメがいうと、キャラは、「ならオタクに変える?」と嫌味な笑顔を見せながら聞き返した。 「いや・・・、いいよ。アニメで・・・」と渋々、納得した表情を見せたとき、部屋の外が騒がしくなった。  何か声が聞こえたと思った次の瞬間、木の扉が静かに開かれた。  眩しい光が薄暗い室内に差し込む。それの光を背にして、背丈の高い人物が中に入ってきた。  その姿を見たチェックとアニメは、ミイラが言ったようにエルフそのままの姿だった。 「本当に・・・、エルフだ」とアニメが呟く。チェックはそれに対して静かに頷いた。 「我々を知っているようだが・・・。我はこのアルフヘイムを治める王にして、エルフの長、エルベムである。お前たちは何者だ?タナトスの差し向けたオークか?」と尋ねてきた。 「タナトス・・・?オーク・・・?」とナースが繰り返すと、チェックが「タナトスは神話に登場する、『死を司る神』です。オークはそのまま、ファンタジーに出てくる悪い化け物。人間と同じ位の知性を持つ者といわれています」と説明をした。  と、急にチェックが立ち上がって4人の前に立つと、「私たちはタナトスやオークではありません。別の世界から来た、人間です」といった。 「人間?タナトスやオークじゃないと・・・?」とエルベムは首を傾げながら、隣に立つエルフに向かって小声で何か話しかけた。そのエルフが小さく頷きながら、目と目を交わすと、そのエルフは部屋から出て行った。  エルベムは右手に持つ杖を前に向けて出し、何か小声で語りだした。 「何をいっているの?」とナースがミイラに聞く。しかし、ミイラは首を傾げて、「何を言っているのかわからないけど・・・」と、言葉を切った。  エルベムの持つ杖がうっすらと光り出す。その光が5人を照らす。しかし、それ以上のことはおきない。  と、急に外が騒がしくなった。エルベムは目を開け、部屋の外に視線を向けた。すると、一人のエルフが部屋の中に飛び込んできた。 「オークだ!物凄い数のオークがやってきた」と叫ぶ。  エルベムは杖を持ち直すと、「悪しき者共を追い払え!」と叫び、自らも部屋を飛び出して行った。  エルフ達が部屋を離れていく足音が外から聞こえる。同時に、言葉にならない雄たけびを5人は耳にする。 「今の雄たけびって・・・」とミイラがいう。 「外からですね・・・」と少し不安そうな表情を見せるチェックは、すぅと立ち上がり、部屋の扉のほうへと歩み寄った。そして、耳を扉に当てて聞き耳をする。 「そんなんで、外の様子がわかるの・・・・?」とキャラが怯えた声で尋ねた。チェックは扉から耳を離すと、「いえ・・・、ちょっと確かめたい事がありまして・・・」といって、右手平を扉の取っ手に向けた。そして、なにやら聞き慣れない言葉を呟き始めた。  チェックの呟きはそれほど長くは無かった。一言二言言葉にしただけだ。しかし、その言葉が言い終えた時、扉の向こうからガチャンという音がした。  チェックは音がしたことを確認するかのように、ゆっくりと扉の取って手前に引いた。不思議な事に扉がゆっくりと内側へと開いた。 「チェック!!何をしたんだ?」とアニメが叫ぶ。しかし、チェックはその言葉に耳を傾けず、外の気配を確認してから首を引っ込めると、「今のうちに逃げましょう」と中に向かっていった。  4人はその、『逃げましょう』の言葉に反応し、一斉に立ち上がるとチェックの手の合図を確認しながら、「今です!」というチェックの声と手の動きに合わせて部屋を飛び出した。  部屋の外は明るい日差しがまだ残っている。綺麗な夕焼けだと5人は普段なら感じるだろうが、目の前で起こっている現実は相当なものだった。  黒い肌に手にはドス黒く汚れた剣を持ち、右手には小さくて丸い板を手にした、背筋が凍りつくような化け物が、綺麗な白い肌に長身の男女を襲っていたのだ。  綺麗な白い肌の長身は紛れもないエルフである。そのエルフを襲っているのは、「あれが・・・、オーク・・・」とミイラが口にした。 「あぁ・・・。ファンタジー映画や小説に出てくるような・・・、本当に残忍そうな容姿をしてやがる・・・」とアニメがいう。 「早く逃げようよ」とナースが叫ぶと、4人は同時に頷き、オークとエルフが戦っている場所を背にして走り出した。  後ろから不気味な雄たけび聞こえた。その雄たけびに呼応するかのように、違う雄たけびと、号令に合わせて一糸乱れずに叫ぶ声が聞こえてきた。 「なんだ・・・、あの声は」 「嫌な予感がしますね・・・」とチェックが言いながら、後ろを振り返った。そのチェックの表情からは血の気が引いていく。 「急いで!早く逃げて!オークが追ってきます!!」  チェックの叫ぶ声に4人は一瞬足を止めて後ろを振り返ってしまった。黒い肌を持オークたち数人が5人を追ってきていた。 「ヤバイ・・・、ヤバイよ・・・」とキャラが呟く。 「あぁ・・・、かなりヤバイね」とアニメがいうと、キャラの手を掴んで走り出した。  ミイラもナースの腕を取ると、「逃げるぞ!」といって走り出した。  チェックは後ろに後ずさりをしながら、小走りに駆け出した。  深い森の中を進む5人は、一体どこへ向かっているのか皆目検討がついていない。それでも、今、足を止めてしまってはオークに追いつかれてしまい、何をされるかわからない。  いや、映画や小説の中なら当然、「止まったオークに食い殺されるぞ」とミイラが叫ぶような事態になりかねない。  5人は軽快に気の根っこや枝を避けながら先へと進んでいく。  それでもまだ、後方からはオークたちの一団が追いかけてきていた。 「このままじゃ、追いつかれちゃう」 「つべこべ言わず、走れ!」とアニメが叫んだ時、ナースが「前見て!!」と叫んだ。  瞬間、5人の足が止まった。  それは木の陰から黒い肌を持つ人の形をした生き物がゆっくりと姿を現した。 「先回りされた・・・?」とミイラがいう。 「いや・・・、奴らはここで待ち伏せていたんだ・・・」とアニメがキャラの身体を自分の後ろに寄せるようにしながら、オークたちの動きを見ている。  チェックはアニメに背中を向けるように、追いかけてくるオークに視線を向けた。  ミイラは汚れた包帯の衣装を脱ぎ始めた。そして、それを左手に巻く。  ナースとキャラは辺りに落ちている太目の木の枝を拾って、アニメとミイラに手渡す。  後方から近寄るオークたちの歩みがゆっくりとなる。獲物を追い詰めた猛獣が、獲物を弄ぶかのようなシーンだ。  5人は近くの大きな木の幹に背中を合わせて、背後から襲われる心配が無いように寄った。しかし、返ってその行動はオークたちの集団に囲まれる事を容認させてしまった。 「絶対にヤバイよ・・・」とナースが囁く。 「あぁ・・・、ヤバイな・・・」とミイラが答える。その彼の左手はナースの身体を自分の背後へと押していた。 「ダメ元で・・・、男三人で前に出るか?」とアニメがいう。 「結果は変わらないだろうけどね・・・」とミイラがいう。 「私が前に出ます・・・。試したい事があるので・・・」といって、チェックが一人前に出た。 「チェック・・・さん?」とナースが呟く。  無造作に歩を進めるオークの足元からは、木の枝が折れる音しか聞こえない。しかし、その音は確実に5人に向かって近づいてきている。  チェックが目を瞑って、ゆっくりと右手を前に差し出した。その動きに合わせてなにやら言葉を呟き始めた。  オークの一匹が声を挙げる。その声に呼応して他のオークたちも声を挙げ始めた。そのオークたちの声が高まった瞬間、チェックの右手からすさまじい音と共に光がオークたちの方へと真っ直ぐに走った。  オークたちの黒い肌が一瞬にして白い光の中に消えた。そして、眩しい光が消えたとき、殆どのオークがその場に身動き一つ見せず倒れていた。 「なに・・・。何が起きたの・・・」と、唖然とした表情で立ち尽くす4人に向かって、チェックはまだ警戒心を解いていなかった。 「まだです!残ったオークがまだいます・・・」といって、更に同じ言葉を呟き始めた。その言葉を言い終えると、再び、チェックの右手から轟音と共に光が走り出した。しかし、今度のはさっきのとは比べ物にならないほど光は小さく弱い。  そのチェックが放った光から生き残ったオークは数匹。しかし、獰猛で残忍そうな汚らしい笑みを浮かべながらオークは近づいてくる。 「チェック!もう一回、さっきのを光を」とミイラが叫ぶ。しかし、チェックはその場でゆらゆらと身体を左右に揺らし始めたと思ったら、急に倒れこんでしまった。  オークが手にする汚れた剣を前に向かって構える。ゆっくりと彼らは一歩一歩確実に警戒しながら前に進んで来る。 「どうする・・・」とアニメがミイラに声を掛ける。 「どうするって・・・、こっちが聞きたいよ」とミイラが答えつつ、手にしていた木の枝を前に構えた。その姿を見て、アニメも「そうだな・・・」と囁いて木の枝を前に構えた。  オークが身構えたその時、どこからとも無く数本の矢が飛んできた。その矢は見事にオークたちの頭や首に命中し、一瞬にして命を奪った。 「誰・・・?何・・・」と目の前で一瞬で起こった出来事に呆気に取られるナースに、ミイラが「なんだ・・・」と曖昧な返事で返した。 「来て!こっちよ」と木の陰から声が聞こえた。  4人が振り向くと、そこに女性のエルフが立っている。 「あなた達・・・、人間・・・、でしょう?」とそのエルフは4人を知っているかのように語りかけた。 「貴女は・・・、僕達を知っているんですか?」とミイラが返す。 「まぁね・・・。伝説の人達・・・」といって、彼女は青いマントを美しく舞わせた。そのマントの向こうに一瞬だけ見えた容姿は、若い木の幹のように細かった。 「ちょ・・・、ちょっと待てよ」とアニメが叫ぶ。 「早くしないと、またオークたちが襲ってくるわ」とエルフが身も軽快に森の中を進んでいく。 「仲間が一人倒れているんだ」とミイラが叫ぶ。  するとエルフはパッと動きを止め、ゆっくりと体の向きを変えた。 「こんな時に・・・。魔法を掛けてあげる。どっちかがその人を背負って着いて来て」といって、彼女はチェックの体に向かって魔法をかけた。 「これで、少しは軽くなったはず。ここから湖まではかなりの距離があるわ。休み休み行くけど、何かあったら、自分達で身を守ってね」 「待てよ!」とミイラが叫ぶ。 「なに・・・?まだ何かあるの」と面倒くさそうな表情を作りながらエルフは聞き返した。 「君の名前は?」とミイラが尋ねると、エルフは『あっ!という表情にすぐに変わると、「私ったら・・・、名前を言ってなかった・・・。エルフィム。それが私の名前。アルフヘイム王エルベムの娘にして、この森の守護者よ」と名乗った。
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