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第3章 未知の一夜
エルフィムの説明では、アルフヘイムの森を抜けるのには1日はかかるという。陽が落ちたこの時間では、さっき襲ってきたオークたちが再び、襲ってくる可能性もあるというので、オークたちと戦った場所から少し離れた場所へ移動して6人は休憩する事にした。
エルフィムの魔法で作られた『目隠し』は、外敵から身を守るだけではなく、その周辺を含めた擬似的地形を作り出し、何者も寄せ付けないようにする魔法であった。
そして、エルフィムが背負っているバックパックからは、小さな箱が出された。
「これって、人間の世界で言う『テント』っていうらしいのよ。これのおかげで、私達の旅が楽しくなったわ」と説明しながら、小さな箱を開いて、中から緑色の布切れを引っ張り出すと、そのまま誰もいない広い場所へ投げた。すると、箱が地面に落ちたと同時に箱は形を変え、立派なテントが目の前に現れた。
三角錐型のテントは背の高いエルフィムでも身をかがめる事無くなく入れるほどの開口部があり、天井はそれよりも数十センチほど高さがある。
エルフィムはそそくさと荷物を持って中に入って行こうとする。4人は目の前で起こる出来事に驚かされるばかりで、少し戸惑っていた。
「どうしたの・・・?早く、中に入っておいでよ」とエルフィムがテントの入り口から顔を出し4人を誘った。
ミイラが気を失ったままのチェックの身体を背負い、テントの中へと歩き出す。
さっきエルフィムがかけた魔法?のおかげで確かにチェックの体は軽いが、魔法という存在が現実的に目の当たりすることで、恐怖を感じてもいた。
エルフィムの道具の一つのテントは、中に入ると見た目よりも広い。さながら、一軒や並みの広さがある。
「へぇ・・・。こんなの、ファンタジー映画の中でしか見たことが無いよ・・・」とキャラが感動した様子でいった。
「たしかに・・・」とアニメも同調する。
テントの中には15人はゆうに座れる広さのリビング的な部屋があり、入り口から入ってすぐ目の前に広がっていた。
部屋の中央には立派なダイニングテーブルが置かれており、その周りには椅子が10脚並べられている。
その天井にはシャンデリアが明るい光を点している。
「ねぇねぇ、こっちの部屋もすごいよ。何だか、高級ホテル並みのベッドがある」とナースが入り口から左手側の部屋に入って声を挙げた。
「そこの部屋に彼を寝かせて」とエルフィムが指示した。
ミイラはチェックをナースのいる部屋に連れて行くと、確かに高級ホテルのような立派なベッドが目の前に置かれている。ナースが気を利かせて掛け布団をめくる。そこにミイラがチェックを下ろすと、エルフィムがポケットから小さな小瓶を取り出しながら、チェックの脇に腰を下ろした。
「これは『イグドラシルの涙』という物。人間の世界でいう、薬よ」と説明をしながら、その小瓶に入っている滴を一滴、チェックの唇に垂らした。
「これでしばらくすれば、彼は目覚めるわ」とエルフィムがいうと、静かに立ち上がると、「こっちへ」といって、2人をリビングへと招いた。
テントのリビングにはアニメとキャラが座って3人が部屋から出てくるのを待っていた。
チェック以外の5人がテーブルにつくと、エルフィムは軽いノリで「この世界の事、説明しないとね」といって、背もたれに寄りかかった。
「ここは、人間が住む世界とはかけ離れた世界。名前は無いわ」と語り始めた。
「じゃあ、なぜ。君は人間を知っているんだ?」とミイラが尋ねた。
「それは千年前、この地に現れた狂王デストルドーによって、エルフとドワーフは死の淵まで追い詰められたことがあったの・・・。その時、神の使いとされたルーン族が現れた。彼らは魔法を使うもの。剣を使って戦う者。魔法で傷ついた者を癒す者。そして、エルフとドワーフの戦士を勇気づける者が現れた。彼らが加勢してくれた事で、デストルドーを暗黒世界に戻すことが出来そうになった瞬間、彼の変貌した姿、タナトスが現れて再び、絶望に追い込まれた・・・。エルフとドワーフは諦めかけたわ・・・。死を覚悟したと言っていた者もいた・・・。でも、彼らだけは諦めなかった・・・。残りの死力を尽くして戦い、そして、タナトスに勝利した・・・」と、エルフィムはここで一度、言葉を切った。
「死力を尽くした戦いで、5人は瀕死の状態にまで落ちた。そこへ、彼らをこの世界へ送った万物の王、イグドラシルが現れ、彼らに永遠の命を与える代わりに、この地の守護者になれといい、それを誓った5人は姿を変えて空のかなたへと消えていった・・・。と言う伝説があるの」と屈託の無い笑顔を見せながらエルフィムは語った。
「その・・・、ルーン族?それが人間だと?」とミイラが尋ねる。
「うん・・・。ルーン族だけじゃないよ。タナトス。彼もまた・・・、人間だったの」
「タナトスも・・・、人間だった・・・?」とアニメがいった。
エルフィムは静かに頷くと、「これは・・・、イグドラシルとウルズノルンから聞いた話だから・・・、本当だと思うわ。詳しいことは、ウルズノルンから聞いて」と最後につけ加えた。
「その・・・、イグドラシルとか・・・、ウルズノルンって何者ですか・・・?」と寝室からチェックが出てきながら聞いた。
近寄ってくるチェックはフラフラとぎこちな歩き方だ。
「チェック!大丈夫か」とアニメが立ち上がって駆け寄った。
「あぁ・・・。急に俺は・・・。それに、ここはどこなんだ・・・?」とチェックはテントの内部を見回しながら質問した。
「ここは、アナタ方の世界で言う『テント』よ。それと、イグドラシルは万物の王と呼ばれ、ウルズノルンは、あなた達と同じ、かつては人間だった人よ」とエルフィムは立ち上がりながら説明した。
「それは・・・。どういう意味なんだ」とチェックが聞き返す。
「まずは座って。それからゆっくりと説明します。旅は長いのだから・・・」といって、エルフィムは入り口右側の部屋へと入って行った。
「あっ・・・、ねぇ。ナース。ちょっと話が・・・」と急にキャラが小声で囁きながら部屋の隅に呼んだ。
「あっ・・・。うん。なぁに?」とナースは立ち上がりながら部屋の隅に寄った。
二人は何か小声で話をすると、エルフィムが入って行った部屋に入って行く。しばらくすると、エルフィムに指で示された木の扉の部屋へと向い、中に入っていく。
「チェック。体は大丈夫なのか?」
ミイラが椅子を引きながら聞いた。
「ありがとう・・・」
チェックは椅子に座ると、ミイラの顔を見つめながら、「僕たちはどうしたんだ?あの最悪の状況からどうやって・・・?」と尋ねた。
「・・・」
ミイラが説明をしようと口を開けかけた時、エルフィムが入って行った部屋から「キャアーーー!」という叫び声が聞こえた。
エルフィムが飲み物を木のカップに入れて出て来た後ろから、キャラが血相を変えて飛び出してきた。その後ろからはゆっくりとナースが血の気が引いた表情でついてきた。
「あら?どうしたの?」とエルフィムが振り返りながら聞いた。
「ダメ・・・。あれは何?トイレットペーパーは?」とキャラが続けざまに尋ねた。
「トイレット・・・ペーパー・・・?」とエルフィムが首を傾げて聞き返した。
「そうよ!それに、あのトイレは何?」とキャラが険しい表情で返した。
「えっ?トイレっていうから・・・?あなた達の世界では違うの?」と飲み物をテーブルに置きながら返す。
「どうしたんだ?」とアニメがキャラに尋ねると、キャラは目に涙を浮かべながら、「トイレの中に虫が・・・。気味悪い虫が・・・」と泣き出した。
「虫?」とアニメが今度は首を傾げた。
「何?どういうこと・・・」とミイラがナースに近づいて聞いた。
「あのね・・・。彼女がトイレに行きたいから、一緒についてきてってお願いされたから、エルフィムさんに聞いて入ったら・・・。トイレの中に、虫がの・・・」と青ざめた表情のまま答えた。
「虫?」とミイラも復唱した。
男性3人は互いに顔を見合わせてから、ミイラとアニメがナースを付き添わせてトイレを確認しに入って行く。
二人が飛び出してきた木の扉を開いて中に入る。
緑色に塗られた室内はほのかに香る新緑の匂いで満たされている。
「あそこ・・・」とナースが指さした個室の扉を開けて中を覗き込む。
「ヒッ!!」と男二人が息を飲み込んだ。
目の前には、木の板で作られたトイレの便器のような物があるが、その中には無数の茶色い色をした気色の悪い虫たちが中をウロウロとゆっくりと歩いていた。
「何だ・・・、この気色の悪い虫は・・・」とアニメが口に出すと、後ろについてきたエルフィムが、「この虫は『マフンチュウ』という虫よ。ドワーフたちから分けてもらった特殊な虫。排泄物が好きな虫だけど、賢くって襲って来たりはしないし、排泄物を食べて、気分がいいとこういう和む香りを体から出してくれるの。あなた達の世界でもこういう虫が排泄物を綺麗にしてくれているんじゃないの?」といった。
「いや・・・、こんな虫は初めてで・・・」とミイラが指を指しながら否定をする。
マフンチュウは体長10センチほどの、人の拳ぐらいの大きさがある虫だ。それがいくら襲ってこないとわかっていても、ここでトイレを済ませるには勇気がいる行為だと二人は感じた。
「もうダメ!帰りたいよ!!」とリビングの方からキャラの泣き叫ぶ声が聞こえた。
「あっ!」と男性二人もその言葉を聞いて、何かを思い出したようだ。
二人がリビングに戻ると、チェックの前に立って「俺たちの世界に戻るにはどうしたらいいんだ?」と質問を投げつけた。
しかし、チェックは静かに首を左右に振ると、「僕もそうだけど、みなさんもどうやったら元の世界に戻れるのか・・・?その手段を知っている人がいますか?あのビフレストがもう一度、目の前に現れたら帰れるかも知れません。けど、ビフレストがどこに存在するのか?それがわからない限り、元の世界に帰る事は出来ません・・・」と説明した。
「そんな・・・。俺、仕事があるんだぜ・・・。監督に怒られちまうよ・・・」とアニメが頭を抱えながら、自分が座っていた椅子に腰を下ろした。
「あっ・・・、あたしも仕事があるのに・・・」とナースもぼやく。
「みんな仕事があるんだ・・・。俺は明日も休みだからいいけど、明後日から仕事だからな・・・。帰れないと・・・。てか、何で俺たちはこんな世界に迷い込んだんだ?」とミイラが叫んだ。
5人がそれぞれに首を傾げて、この世界に迷い込んだ経緯を模索しようとした。
「それは・・・、イグドラシルの考えなのかも?」とエルフのエルフィムが割り込んでいう。
「イグドラシルの考え?」とチェックが言葉をつなぐと、エルフィムは、「座って」と言って全員を一度、椅子に座らせた。
「これは、エルフ族の言い伝えだから、真実かどうかはわからないけど、でも、あなた達の参考になれば・・・」と前置きを述べてから、「アルフヘイムで取れた木の実のジュースでも飲みながら話すわ」といって、5人の前に木のカップに入った紫色の飲み物を並べた。
そして、自らのカップを置くと、エルフィムも空いている席に座り、一口ジュースを飲んでから、ゆっくりと話し始めた。
「イグドラシルは万物の長。そのイグドラシルはこの世界に善と悪という色をつけようとしたの。善は緑、悪は黒と色を付けたイグドラシルは善の緑色を私達エルフに、悪の黒の色をドワーフたちに色分けして、この世界を見守り続けた。イグドラシルの考えは色を付ける事で世界のバランスが取れると思った。けど、エルフはアルフヘイムの森で静かに暮らし、ドワーフたちは山の洞窟の中で日々、工芸品や武器なんか作りながら静かに生活をした。そんな、エルフとドワーフはお互いの生活に異論を唱えることも干渉することも無かった。それでも、エルフは汗臭く、汚い格好をしているドワーフたちが嫌いだけど、彼らが作る道具や工芸品は気品にあふれていて好きなのよ。ドワーフたちは魔法を使うエルフたちが嫌いだけど、でも、私たちの森で収穫される木の実や野菜は、ドワーフたちの食糧難を救う結果につながった。エルフとドワーフたちの関係は良好といえて、両種族間の間では戦や争いは起きなかったの。これに不満と疑問を感じ、自らの計画が思惑通りにいかなかったイグドラシルは、次に、更なる悪となる生物を誕生させた。それが魔種族のオーク。オークたちはエルフやドワーフたちのように集団としての統一性がなく、自由気ままに、自分勝手に争いごとを周囲に広めていった。森を焼き、湖を汚し、川は彼らの排泄物で汚され、水に住む生き物はすべて死滅した。エルフとドワーフは、それぞれの種族間の垣根を超え、オークたちと戦うことを決意した。それが、千年前に起こったルーン戦争。ルーン戦争と呼ばれる理由は、戦いがオークたちの勝利に近づいたとき、オークたちの中心にいた、この戦争の首謀者、タナトスを倒すべく、異世界からやってきた6人の『人間』が現れた。その内5人はオークたちを倒し、この世界を救ってくれた。そして、5人は、あなた達の世界からやってきた残る一人とも戦い、そしてその一人を倒したの・・・。その最後の一人こそ、タナトス。死を司る神と呼ばれた人間なの」とエルフィムはいった。
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