第4章 森を抜け湖へ

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第4章 森を抜け湖へ

 一夜が明けた。  チェックは一人、ベッドから体を起こし、テントの白い布の隙間から差し込む光に目を向けた。  ベッドの脇に置いたバッグを開く。中には西洋の本と北欧の神話に関する書物にダブルクリップで止めたレポート用紙が何枚も入っている。そのレポート用紙を取り出し、表紙に書かれている題名を見た。 『夜空に浮かんだ虹色の光に関する調査と考察』と書かれている。  その下にはレポート者の名前が書かれているはずが、何故か真っ白になっている。  チェックは「これを書いたのは自分なんだよな・・・」と呟きながら、そのレポート用紙をカバンの中にしまった。  まだ、周りの部屋から声は聞こえて来ない。まだ、他のみんなは眠っているのだろう。  チェックは一人ベッドから起き上がりでると、エルフの服に着替えて、テントの外に出てみた。  肌寒い風がチェックの体を吹き抜ける。しかし、気持ちのいい風だ。  チェックはテントの周りを一歩一歩確かめながら歩いて行く。すると、少し先の方で何かが動いた気配を感じた。  チェックは身動きを止め、近くの木の陰に隠れて様子を探る。すると、木々の陰から黒い肌に青い瞳を鈍く輝かせた、もう一度見たら忘れられない生き物、オークが数匹、剣を振りながら何かを探している。  いや、何かは間違いなく自分たちの事だ。  そして、彼らは昨日の夕方にエルフを襲った集団の生き残りだろう。  ふと、チェックはストロベリーの甘い香りに気づいた。  周りを見回そうと少し上半身を浮かせたところ、「シッ!そのままでいてください」という囁きが聞こえて、声の方へ視線を向けると、エルフィムが立っていた。 「彼らは昨日、エルフ族の住処を襲った連中の残りです。たぶん・・・、この森から逃げ出そうとウロウロしているんだと思います。この森は、エルフや歓迎されたもの以外が立ち入ると、迷いの術によって生きて出る事が出来ないんです。だから、あのオークたちはこのまま、森のどこかで息絶えていくでしょう・・・。それに、よく見ていてください。森の木々たちが彼らに対して怒っています。悪しき心を持つ者を森の住人は許せないのです」と奇妙な事をいいだした。 「森の住人とは・・・?」とチェックが尋ねると、エルフィムは「エイシェントウッドです」と一言いうと、静かにオークの歩く姿の方へ指を向けた。  いや、その指はオークに向けられたのではなく、オークの後ろにゆっくりと木の枝が伸びて行く。その枝はオークが気づく前にオークの体に巻き付いた。 「ギャオー」  オークが奇妙な叫び声を挙げると、一斉に残りのオークに向かって木々の枝が伸びて行き、素早く枝がオークの体に巻き付いた。  オークに巻き付いた枝はそのまま、オークの体をきつく縛りあげていく。最初に体に枝が巻き付いたオークは口からどす黒い液体を吐き出して絶命する。残りのオークたちも同じく、口からどす黒い液体を吐き出して絶命した。 「あれは・・・?」とチェックがエルフィムに尋ねた。 「オークが死にました」と答えるエルフィムに、チェックは「いや、そうじゃなくて彼らが口から吐き出した物だよ」と言い返した。 「あぁ・・・。あれは彼らの体に流れる血です。彼らは暗黒の土から生まれた生物ですから、黒い色をしているんです」とエルフィムは教えてから、「テントに戻りましょう」とチェックをテントに帰るよう誘った。  テントに戻ると、ミイラとナースが心配そうな表情でエルフィムとチェックを待っていた。 「チェック!一人で外に出て行ったって、エルフィムが言うから心配したよ」とミイラが言ったので、チェックは「ごめん」とだけ簡単に謝った。 「で・・・。外は大丈夫なの?」とナースがエルフィムに尋ねると、エルフィムは笑顔で「もう、大丈夫だよ」といった。  エルフィムは、この世界を知らない人間に対して、エルフのパンと木の実、そして何かのジュースを朝食に用意してくれた。 「昨日の夜にも食べたけど、これはエルフ族が食べているパンなの?」とナースが聞く。  エルフィムは笑顔を見せながら、「そう。デココの実をすり潰して、それを乾燥させてから水で練ってから、また乾燥させて焼いたものだよ」と説明してくれた。 「手間が掛かっているな・・・」とミイラが感心すると、エルフィムは、「そんなに手間が掛かっているかなぁ・・・。3日かで完成するよ」と微笑みながら答えた。 「3日って・・・・。スゲぇ時間が掛かっているじゃんか?」とミイラがいうと、「おっ!そうだった。人間は寿命が60年らしいね。エルフは200年だから、時間の重みが違うんだね」といった。 「人間60年って・・・。今は70歳から80歳だよ。平均寿命は」とミイラが答えると、傍にいるナースが静かに頷いた。 「へぇ・・・。ウルズノルンが教えてくれた話と違うな。彼らが人間だった頃は50年から60年だって」とエルフィムがいうので、ナースが「それぐらいの平均寿命は戦後でしょう。今は80歳以上生きているわ」と答えた。 「へぇ・・・。そういえば、ウルズノルンも、戦後がどうのこうのって言っていたかな・・・」とエルフィムは頭を傾げながら答えた。 「そのウルズノルンって、誰なんだよ」とミイラが聞くと、エルフィムは、「これから会いに行くドラゴンだよ」と答えた。  エルフィムとミイラたちが話をしている間にアニメとキャラが起きて来た。  5人が揃ったところで、エルフィムは「朝食を食べながら、話を聞いてください」と一言いってから、「今日は、この森を抜ける出口まで行きます。ところで、君たちが最初にこの森に連れて来られた時は、反対側の南側から入ってきました。私達エルフの集落は南側に近い所にあります。が、昨日、私たちの集落を襲ったオークたちは、今日向かう北西側の出口からやって来たと思われます。なので・・・、オークたちに気をつけてください」と話した。 「いやいや、待って!気を付けてくれと言われても、俺達にはあんなとんでもない化け物と戦うことなんてできないし、逃げるのだってやっとだったんだ。気をつけろって、どうしろというんだ?」とアニメが怒鳴った。  エルフィムはエルフのパンを配りながら冷静な口調で答えた。 「私が言えるのは、逃げろの一言だけです。みなさん、まだこの世界に来られて数時間?あっ、いや一日くらいしか経過していません。そこで戦えというのは無謀でしょう?」といった。 「た・・・、戦わせようと思っているのか?」とアニメは言葉をつまらせながらいうと、すかさずミイラも「俺たちは何かと戦う為にこの世界に来たんじゃない。それに、好きでこの世界に来たわけでもない」といった。 「それはわかっています・・・」とエルフィムの手が止まった。 「でも、皆さんがこの世界に迷い込んで来た事実には、他に何か理由があると思います。その理由は私にはまだわかりません。ただ・・・、これから起こるだろう出来事に対処できるのは私達じゃありません。皆さんが解決してくれる救世主だと思います」とエルフィムは全員の顔を順番に見つめながらいった。 「救世主・・・?」とナースが呟く。 「これから、この世界で何が起こるの?」とキャラが続けて聞く。 「それは・・・、本当にまだ何が起こるのかわかりません。ただ、エルフの卯この森にオークの集団が襲撃してきたこと・・・。この数百年、こんなことは無かった・・・」 「戦う相手は、あのオークなのか?」とアニメが気持ちを落ち着かせた口調で聞き返す。 「オークは手強い相手です。ただ、もっと手強い闇の集団は存在すると聞きます・・・」 「俺たちでも、戦える相手なのか?」と今度はミイラが聞いた。 「さぁ・・・。ただ、チェックさんはわかっていらっしゃると思いますが・・・」とエルフィムはチェックの顔に視線を向けた。 「チェックが・・・?」と全員がチェックに目を向ける。  チェックは黙っていたが、その重い口を開いた。 「それは・・・、僕が魔法を使えるから?という、意味ですか?」  チェックとエルフィム以外の4人はその言葉を聞いて一瞬、言葉を失った。 「はい・・・。エルフ族の誰かの魔法の言葉を聞いて、覚えられたんでしょう。オークを倒した時の『電撃の矢』は強力過ぎましたね・・・。ただ、まだ魔力の使い方を覚えていないので、使い過ぎた後、昨夜のような意識を失ってしまうような状態になってしまうんです」とエルフィムが話すと、チェックは「そうなんですか?」と聞き返した。 「魔法は少しづつ、体に慣らしながら使っていかないと・・・。ルーン族の会う魔法は、エルフ族が使う魔法よりも強力だと言い伝えがあります。それが本当なのでしょう。そして、その力が世界を救ってくれるのです」 「いや・・・。あっ、ちょ・・・、ちょっと待って」とミイラが話を止めた。 「チェックが魔法を使えるのはわかった。でも、俺たちは魔法何て使えない。俺たちはどうすれば良いんだ?」 「いえ・・・。まだ気づかれていないと思いますが、何か能力を持っている事には間違い無いと思います・・・。それが何なのか・・・」 「それは個々に何かしらの能力があると?」  アニメの一言に女性陣二人は顔を見合わせた。 「そうなの・・・?」とナースが不思議そうな表情を作りながらミイラに尋ねる。 「いや・・・、俺に聞くなよ。俺は知らねえよ」とミイラはエルフィムの言う能力が自分にあるとは思っていない。 「ところで・・・。もう出発しないと夕方までに湖には到着できませんよ」エルフィムがいった。 「なっ・・・?急にそんな事言うなよ」と、全員が一斉に手にしていた乾燥パンを口に入れた。  エルフィムは急に右手の人差し指を立てて、目の前でクルクルと指を回した。すると、エルフィムの指先が光り輝きだす。  その光はエルフィムの指先から離れて、宙に浮かびだす。 「何ですか、その光は?」とチェックが尋ねると、エルフィムはクスッと笑い名ながら「魔法だと思ったでしょう?違うわ。エルフだけが使える風の精霊を集める能力・・・。風の精霊は私たちエルフの魔力の源。風の精霊がいないとエルフは魔法が使えない・・・。って言ったらダメか。自分の弱点を教えているようなものだわ」とエルフィムはそこで会話を止めてしまった。  エルフィムと5人は旅立つ準備を整えると、すぐに出発した。 「さっき・・・、風の精霊が『道』を作ってくれたと教えてくれたの。この道は滅多にエルフでも歩けない。通ることが許されない特別な道なんだけど、何か大変な事が起きようとしていると、風の精霊王が心配していると。だから、私たちを早く、ウルズノルンに会わせないと、大変な事件が起きると注意してくれた」とエルフィムがテントをしまいながらいう。 「それは君が昨夜、話してくれた内容と同じことなのか?」とアニメが尋ねる。 「たぶん・・・」とエルフィムの表情に緊張感が漂っている。 「なら・・・、急ごう」とアニメがいうと、4人は一堂に頷く。  エルフィムの指先から放たれた光は、6人を先導するかのように森の中をフワフワと漂いながら先を進む。  その後をエルフィムが見失わないようについて行く。その後ろを5人がついて行く。  光はだんだんと森の深部に向かっているようだ。  さすがにエルフィムも、「大丈夫?」と不安げな表情と声で風の精霊に尋ねた。風の精霊の光はクルクルと円を描いて、さらに進みだした。  エルフの森の深部近くまでたどり着く。すると、光は唐突にその辺の木々に向かって勢いよく突っ込んでいく。すると、目の前の大木にぶつかった光はそのまま音も無く消えてしまった。 その様子を見ていたエルフィムは何度も頷きながら、「この大木に向かって走ってください。じゃないと、中に入れないそうです」とエルフィムがいって、肩からなびくマントを広げながら、「ヤッホー」と叫びながら大木にダイブした。  すると、エルフィムの体は大木に吸い込まれるように消えてしまった。  残された5人は互いに顔を見合わせながら「どうする・・・」と怖気ついていた。 「でも、行かなきゃ・・・」とミイラがいう。すると、アニメもチェックもかに頷いた。  そんな姿を見つめながら、女性陣は男性3人を『馬鹿じゃないの?』という冷めた視線で見つめる。  ミイラはエルフィムが飛び込んだ大木に向かって駆け出した。そして、立ち止まらずに飛び込む。続けてチェックも飛び込む。  そんな二人の姿を見つめていた女性陣は二人は顔を見合わせながらも、『行こうか・・・』と諦めた表情で歩き出す。  その前でアニメが大木に向かって走り出すが、目の前で立ち止まる。 「あぁはいったけど・・・。本当にこの木の中に俺が入れるのか?」と呟いている後ろから、女性人二人が目を合わせてから、「早く行きなさいよ」とアニメの体を強く押した。  アニメの体はそのまま前のめりに大木に向かって倒れこんだ。 その後ろを女性陣二人が手をつないで飛び込んだ。
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