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支払いを済ませたチョココロネとアイスティーを持ったまま、方々の椅子からはみ出している鞄にぶつからないように客席の間をすり抜けてゆく。ようやくたどり着いた二人掛けのテーブル席で、荷物を片付けようとする広世を慌てて止めた。
「用事ある? 時間、大丈夫だったら一緒にやらない?」
開きかけたデイパックのジップをもう一度閉めた広世は、顔を上げて「いいよ」とだけ言って笑った。
素な方の笑顔だ。最近それが分かるようになってきた。だからって何もないんだけど、
広世はさっきまで英語をやってたみたいだから
「じゃあ、英語以外で……どれにしよう。一日目は世界史と生物だっけ?」
「生物がいい、広世は?」
「いいよ」
生物は理系科目の中で一番文系っぽいはずなのに、化学用語が出てきたり計算問題があったりで全然思ってたのと違う。今回の範囲は進化と遺伝だから、進化論の概要と提唱者を確認することにした。
「じゃあ、野原から答える?」
「うん」
「ド・フリースの提案した説は?」
「突然変異説」
それだけ言って黙りこくっていた俺を、ノートを広げて俯いていた広世が上目遣いで促す。
「うん、説明は?」
「ええー、えっと、突然変異して、残った」
「......間違ってはいない。けど、点はもらえないかな」
「だよなー!」
一通りお互いに問題を出し合ったあと、唇を尖らせながら広世がもらした。
「理科は苦手なんだよな」
でもこういう『苦手』を鵜呑みにしちゃいけない。広世と自分の言う『苦手』はレベルが違うことはちゃんと分かってる。
「俺、数学も苦手。教えてくれる奴いればいいのに。部活してないから理系の友達がいないんだよな」
「俺も」
誰にでも親切で、誰とでもうまくやっていける広世だから、理系にも友達はいるだろ?
アイスティーも飲み終わり、空のグラスに刺したストローを手持ち無沙汰にもてあそびながら口を開く。
「広世は特進科のやつに教えてもらえそうじゃん? 仲いいだろ、生徒会のやつ」
一瞬眉根を寄せて考えながら答えが返ってくる。
「もしかして新井? いや、フツーだよ。去年の文化祭がきっかけで話すようになっただけだし。新井と本当に仲いいのは生徒会のメンバーくらいじゃないのか?」
「でも、仲いいだろ? この前一緒に帰ってたし」
食い下がる俺に苦笑して首を振る広世に胸の奥の糸みたいなのがじりっと焦げる。
「あれは、校門出る時に会って話しながら歩いてきただけだってば」
「だから、それが仲良いって言うんだってば」
いつの間にか声量が上がってて、周りの人たちがこっちを見てた。しーっと言うように広世の人差し指が唇に添えられる。
俺、何でむきになってるんだろ。
いつの間にか外では雨脚が強まり、雷雨になっていた。窓ガラスに叩きつけられる雨はもう雨粒というより水の塊で外が見えない。
「帰る」
唐突に口を突いて出た言葉に広世が驚いた顔をした。
「え、もう少し待てば雨も弱く……」
その言葉を最後まで待たずにかぶりを振った。
「どうせ濡れるし、今出ればちょうど電車に乗れるから」
何か言おうとする広世を視界の端でとらえながら、カバンにノートを突っ込んでダメ押しみたいに「じゃ、また月曜な」と畳みかけた。
「そっか。じゃあ、気を付けて」
困惑するような広世の表情を見て、心のどこかでほっとしていた。
自分の中でぐるぐるする気持ちを抱えたまま、靴の中までびしょぬれになって小走りで駅に向かった。さみしいよな、悔しいような、訳のわからないこの感情に、広世なら何て名前を付けるんだろうって考えながら。
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