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ようやく緊張しない距離まで身体を離すことができた。広世は全く気にしてないように見えるけど、こっちはなんだか気恥ずかしくって屋台の方に視線を泳がせた。
「はぐれちゃったな」
「ま、いいんじゃない。もう浜に下りようぜ」
花火は海上から打ちあがるため、周りもどんどん砂浜の方に移動している。
下駄の人に足を踏まれないように気を付けながら歩いてゆくけれど、広世との間を横切る人に遮られて見失いそうになり反射的に名前を呼んでいた。
「広世!」
周りはうるさいのに、ぱっと振り返ってすぐに手が伸びてきた。躊躇いなく二の腕をつかまれ、またぐっと距離が近づいた。
腕が、顔が、体が熱くなる。
夜でよかった、混雑していてよかった。こんな訳の分からない反応してるのに気付かれたら恥ずかしくて死にそうだ。
そのまま、押し流されながら道路を超えて砂浜に着くと、少しだけ人の密度が下がった。自然に手が離れ、さっきまで触れられていた分なんだか心許無くなる。迷子になって困るような歳でもないのに。
「あ、りがと。ながされるかと思った」
広世はこちらを見もしないで軽くうなづいた。
「みんなのところへ行かなくていい?」
ふわふわの帯の子、もしかして彼女? って喉元まで出かかった言葉は飲み込んだ。
「この混雑じゃ場所が分かってもたどり着ける気がしないし、大丈夫だろ。子供じゃないんだからさ」
そうだけど、こんなところで広世の隣にいるのは花の絵がついた浴衣の女の子の方が自然だ。気の置けない友達と遊ぶのは楽しいけれど、子供じゃないなら尚更、将来や進路を決めなきゃならない年齢で。特定の誰かと付き合ったり、大人になる段階…...としての高二の夏休みって感じがする。
だからここで広世の隣にいるのは、男の俺じゃなくて……、じゃあ俺が女だったらいいのかって考えても違う気がする。
「野原こそ誰か気になった子でもいたの。もしかして桐原?」
暗くなってきたから広世の表情はよく見えない。でもいつもより少し固い声。広世は、やっぱりあの子狙いなんだ。
首を横に振ると「ふうん」とそっけない声が聞こえた。
「広世こそ、行かなくていいの。桐原さんとこ」
「なんで? 今回はハラショの為にセッティングしたから別に……」
「え?」
「ハラショが気になってた女の子、桐原の友達だったんだよ」
「あ、そう……なんだ」
『桐原』って呼び捨てしてることに時間差で気が付いた。もしかしてもう付き合ってる? それともこれからそうなる子? とか、絶対に答えを聞きたくない質問がぐるぐるして胸焼けを起こしそうだ。
横を見ると、広世が黙ってこっちを見てた。目が合って、海の上で開いた花火が光ると、海側の瞳がキラキラする。赤や青の大玉より、割れてから長く光を残す花火の方がいい。だって、長い時間顔を見ていられるから。
そのまま何秒たっただろうか。
「端の方ならもう少し空いてそうだな。花火、見ようぜ」
一番端にあった出店で買った焼きそばとフランクフルトを持って、モヤモヤしたまま砂浜を歩いて行った。
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