五月の霞

3/4
166人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ
 丘の上に建つ東陵学園(この学校)は地方にありがちな、のどかな私立の男子校だ。  特進科の生徒はいい大学に入るため厳しい授業を受けてるし、スポーツ科は成績残すために毎日遅くまで練習してる。  普通科の生徒の多くは、そのどちらのプレッシャーもなく、のんびり高校生活を楽しんでいた。  都会の高校みたいに派手じゃないけど、友達がいて手が届く範囲の幸せがある。  学校中本当に男子だらけだな、と言うのが、初めてこの学校に来た時の感想だった。共学の中学出身者から見ると良くも悪くもかなり違和感があった。 今どき男子校?とか、高校生って同じクラスや、部活で彼女作って青春して、みたいなイメージもあったのに。  でも、俺がこの高校に来て一番ほっとしたのは、実は女子がいない事だった。  平均身長を少し下回る背、親譲りの細めの骨格に、認めたくはないけどかわいいと言われる顔。だからって、「誰か力のあるやつ、手伝ってくれ」と言われた時に自動で除外されるとか、女子みたいに扱われていい気分なわけはない。  一度は、文化祭や体育祭で帰宅が遅くなった時、女子に言われたこのセリフ。 「男子、野原君もちゃんと送ってあげてね」  冗談なのは分かっていた。でも、流石に反論せずにはいられなかった。 「僕、男だから大丈夫だよ!」  必死の返しは、だよなー、はははっって軽やかに笑われて、「でも同じ方向だから一緒に帰るよ」っていう同級生の一言で無視された。  田んぼの中にある中学校は、学校から大通りまでが結構暗い。 「暗いから、お互い側溝に落ちないように」  真剣な面持ちで差し出された手を払えるほど、俺はくだけた感じのキャラじゃなかった。別に嫌な訳じゃないから、その手を取ったら相手は心底安心した顔で笑った。 「なー、男同士で手繋ぐの、小一振りくらい?」  ふざけて言ってみたけど、繋がれた手がほどかれることはなかった。  黙ったまま暗い夜道を二人で歩いて帰ったっけ。  あの時、繋がれた手がかすかに汗ばんでいた。大通りに出る手前で少し立ち止まって、何だかしんみりした顔で微笑まれたのはどうしてだったのか、いまだに分からない。  女子に言われたからって、男を送るのが嫌だったんだろうと思って、家の前で「ごめん、悪かったな」ってあやまった。そうしたら、何だか泣きそうな顔で「気にすんな、お、男同士だし」って言われた。  それ以来、そいつとは何となく話さなくなったっけ。  だから、という訳でもないけれど、この高校生になったのを機に、『僕』じゃなくて『俺』というようにすることに決めた。 ****  五月上旬にあった体育祭の余韻を鎮まり、中間試験の準備を始めるまでの僅かな息抜き期間。グラウンドからは、そんな短い期間でも時間を惜しんで練習している運動部の声が響いている。  既に暑くなり始めた五月の日差しの中、俺はそんな部活組を横目に校門に向かった。学校の建っている丘を下り、商店街を抜けると最寄り駅だ。同じ丘のふもとにある、同系列の女子高校、線路を挟んで反対側にある公立高校の生徒も利用するその駅は、ちょっとした出会いの場にもなっている。  昨日は半開きだった駅の待合室の窓も、今日は風を通すために全開になっていた。  単なるタイミングの問題なのか他の高校で何か行事があったのか、今日はは東陵高校の生徒ばかりがたむろしている。  ノートを広げたりして一人で勉強してる三年生。学年関わらず雰囲気からして近寄りがたいのは特進科。出入り口付近にかたまって話して通路を塞いでいるのは一年生。  いつも駅まで一緒にきて話しながら時間つぶしをする友達は、今日は家の都合で車で迎えに来てもらうと言っていた。だから、今日は俺一人だった。話しかける相手もおらず、手持無沙汰でスマホを弄りながら今日の夕ご飯何かな、なんてどうでもいい事を考えてた。 「野原、ここ空いてる?」  ちょっと低めの声で話しかけられ、画面から視線を上げたら広世が、野原の隣を指さしていた。 「ああ、あうん、どうぞ……」  礼を言いながらすとんと座った広世は、そのまま何も言わずに端末の画面にすごい勢いで指を滑らせ始めた。  ゲーム?メッセンジャーやSNSじゃないよな。  集中しているから話しかける事もできず、黙って自分の画面に視線を戻した。  同じクラスの奴が隣に来て何も言わずに携帯見てるってことは『話しかけるな』って事位分かる。  別に仲いいわけでもないし、話したい事があるわけでもないけど、何故か心の下に小さな石ころが入り込んだような感じがした。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!