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日和なんて作るもの
雨だ。
四月に入ってだいぶ温かくなったのに、今日は肌寒い。雨がざあざあ降って、風だって強く吹いている。窓ガラスに雨が打ち付けられる音がいやに響いた。
「朝ごはんできてるわよ。今日は遊びに行くんでしょう。早く食べちゃいなさい」
「はーい」
母さんにせかされてリビングに行くと、机には既にご飯が並んでいた。トーストと、スクランブルエッグと、野菜ジュースに……。
「うげ、トマト」
「トマトは美容にいいのよ」
「でも不味いじゃない」
中身はぶにゅっとしているし、酸っぱいし、味が口の中に残る。トマトは嫌いだ。
私はトマトを避けてご飯を食べようとした。でも、母さんが睨んできたから仕方なくトマトも食べた。ぶにゅっとしている。すぐさま野菜ジュースで胃の中に流し込んだ。
テレビでは朝のニュースが流れている。ちょうど今日の星座占いが発表されていた。
二位から順々に画面に映されていく。私の星座は出ない。
十一位まで発表されて、残るは蟹座と双子座。アナウンサーのお姉さんが、「今日一位なのはどっちでしょう」と言っている。双子座こい。
『今日一位なのは蟹座のあなた』
「えー」
蟹座の人は何をやってもうまくいきます、とお姉さんの元気な声がリビングに響く。
『最下位は双子座のあなた。ごめんなさいー! 今日は失敗して後悔の連続でしょう。とくに恋愛運が最悪です。ラッキーアイテムはテレビのリモコン』
本当にごめんなさいと思っているのかと問い詰めたくなるような元気な声で、お姉さんは占いの内容を告げる。
謝るくらいなら発表しないでほしい。テレビのリモコンってなんだ。持ち歩けというのか。無理だ。
私は机に突っ伏した。なんだがもうやる気が出ない。
天気は最悪だし、トマトを食べさせられるし、占いも最下位。朝からひどい。
「あんた、何してんの。ウケるんだけど」
顔を上げるとお姉ちゃんがこっちを見て笑っていた。私の顔を見るなり「まじウケる。何その顔」とさらに笑う。ひどい。
「今日例のお友だちと遊びにいくんしょ? 早く準備しないと間に合わないよ」
「そうなんだけとー、でもなんか……、やる気なくなった」
「いいからおいで」
腕を引っ張られて、お姉ちゃんの部屋に連れていかれた。
なんだか高そうな香水とか、服とか、色々おいてある。物がおおくてだいぶゴチャゴチャしていた。
早く早くと促されて、ドレッサーの前に座らされた。
「任せて、男ウケするゆるふわの顔面作ってあげる」
お姉ちゃんはそう言うとすぐさま私の顔をいじりだした。いい匂いのする下地をつけて、ファンデーションを重ねて、アイメイクにチークにマスカラに。手際よく私の顔に化粧を重ねていく。
「若い子の肌っていいわー。化粧ノリが全然違う。うらやま」
はい、完成とお姉ちゃんが言う頃には、私の顔面は出来上がっていた。
「おー、すごい。可愛い……」
「化粧は女の武器ですよー、お客さん。よし、ほんじゃこのまま髪もいくよ」
いつの間にか温めていたらしいヘアアイロンで、私の髪を器用に巻いて行く。ふわふわだ。いつもストレートヘアばかりだから、新鮮だ。
「今日風強いしねー。ぼさぼさになんないようにまとめとこう」
ポニーテールにして、そこからピンでお団子にまとめていく。魔法みたいに私の髪は綺麗にセットされていた。
私は手が不器用だから、こんな可愛い髪型絶対できない。お姉ちゃんすごい。
「ちょー可愛いじゃん。私のメイク技術とヘアセット技術やばいわ」
「うん。やばい、可愛い」
「でしょ。せっかくだし、服も貸してあげる。アタシが血迷って買ったゆるふわ服があるんだよねー。高かったんだから」
ほれ、と手渡されたのはお姉ちゃんの趣味ではない可愛らしい服だった。どれだけ血迷ったんだろう。
着てみると、いつもの自分よりもずっとずっと可愛かった。なんて、自画自賛。
「お、可愛いじゃん。似合ってるよ。で、時間は大丈夫なん?」
「え、やば」
そろそろ家を出ないと待ち合わせに遅れてしまう。
バタバタと鞄を持って、玄関まで走った。扉を開けた瞬間に風が強く吹く。雨が頬を打った。やっぱりお天気は最悪だ。春の嵐だ。これだけで気が滅入る。
「やっぱなんか……今日は駄目かも」
「なーに言ってんの。アタシがプロデュースしてあげたんだから、今日のアンタはアンタの人生史上一番可愛いわよ。絶好の告白日和っしょ」
「こくはく……、なんで知ってんの……!」
「いや、普通に見てれば分かるし」
お姉ちゃんはケラケラ笑った。
「今日逃したらもう告白日和はやってきませんよーお客さん。さっさと行きな。今日のアンタは可愛い。姉ちゃんが保証する」
「ほんと……?」
「ほんとほんと! 安心しなさいって! いってら!」
ばしんと背中を叩かれて、私は家を追い出された。
やっぱり雨は強いし、風もびゅーびゅー吹いている。必死に待ち合わせ場所のショッピングモールまで歩いていくと、約束していた時間の十分前。
辺りを見渡しても、まだ彼は来ていないようだった。落ち着かなくて、一度トイレに向かう。
鏡に映る私は、綺麗に髪がセットしてあって、ゆるふわの化粧がしてあって、可愛い服を身にまとっている。
「かわいい、よね、私」
お姉ちゃんの保証つきなんだし。
「今日逃したら駄目だよね……。いくしかないよね。頑張ろう私。可愛いよ私。大丈夫」
はーっと息を吐いてから、もう一度待ち合わせの場所に向かった。
そこにはきょろきょろと辺りを見渡す彼がいて。
心臓がドキドキしている。
彼も可愛いと思ってくれるかな。
お天気は最悪だし、朝ごはんはトマトだし、占いの結果も最悪だったけど。
今日頑張るっきゃないよね。
――よし。
私は彼に駆け寄った。
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