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「聞いたか?」
「え、なに?」
「二年の野崎ってのが死んだ訳」
「自殺じゃないの? 学校で見つかったんだろ?」
「今日は朝からパトカーがたくさん来ていて」
「理科室で倒れてたんだ」
「自殺だって聞いたぜ」
「それが違うんだよ」
「違うって?」
「殺されたんだ」
一年五組のドアを開けた時、中で話をしていた同級生がぴたりと口をつぐんだ。怖そうに振り向いた顔が、俺を認めてほっと緩む。
「ああ、びっくりした」
「珍しいな、おまえらがこんなに遅くまで残ってるなんて」
冬の黄昏は早い。教室の中はもうほとんどが影になっている。三人の生徒が机や椅子の上に腰を下ろして輪になっていた。
「真下はクラブ?」
「陸上だっけ?」
「ああ。忘れもん取りにきたんだ。何の話してたんだ?」
中からかすかに聞こえてきた言葉はどれもぶっそうなニュアンスを持っていた。きれぎれだったが「死んだ」とか「殺された」とか。
「ほら、今朝の二年の事件」
「自殺の?」
三人は顔を見合わせて意味深に笑った。
「それが殺人事件らしいんだ」
「ええ? なんだよ、テレビの見過ぎかあ?」
俺が笑いながら近づくと、一人が体をずらしてスペースを開けてくれた。
「俺たちも今榊原から聞いたばかりで」
「絞殺らしいぜ」
「コウサツって?」
「首を絞めて」
「げげ」
「なんでそんなに詳しいの?」
「宮本ちゃんが話してたの聞いたんだ」
榊原は数学の教師の名を挙げた。こいつはどういうわけかそういううわさを聞き込んでくるのがうまい。
「隠してたって、そのうち警察が聞き込み始めればわかっちゃうのにさ」
「自殺だって思ってるやつの方が多いぜ」
「死んだ野崎ってどんなやつ?」
「二年だもん、知らないよ。真下はクラブでそういう話でなかったか? 今の時期でも二年は出てるだろ?」
俺はそう言われて今日の部活を思い出してみた。だが、
「……うーん。もともと陸上部って私語がしにくいクラブだからなー。ほら、みんな個々にやってるから」
そういう話題は出てなかったと思う。
「殺人事件だとしたらなんかすっげーな。俺、自分の身近じゃ初めてだ」
「俺、初めてじゃない」
「ええ? マジ?」
メガネをかけた細谷がこくりとうなずいた。
「同じマンションのOLが殺されたんだ。警察が俺んちにも来たよ。警察手帳って、刑事の写真貼ってあるんだ……犯人捕まったのかなあ、そう言えば」
ジジ……と急に教室の蛍光灯が瞬きはじめ、俺たちははいっせいに天井を見上げた。
「そろそろ帰ろうか」
「ああ」
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