手の上のイニシャル

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 俺たちは薄っぺらい鞄を肩にそろって廊下に出た。ガランとした空間が長くつながっている。 「もう真っ暗だなあ」  細谷が窓の外をみて心細そうに呟く。 「帰り道気をつけろよ。いきなり絞殺だぜ」 「よせよ」  わざとらしい大声を上げて俺たち四人は玄関に向かった。  こうこうと灯りのついたげた箱の前に立っていた生徒が、騒がしい連中の方に視線を向けた。 「あれ? 桜井じゃん。まだいたの?」  榊原が呼びかける。その名前を聞いて俺はきゅうっと心臓が縮み上がったような気がした。 「図書室にいたんだ。本読んでたら遅くなったことに気づかなくて」 「図書室に読むような本があるかぁ?」  榊原の暴言に桜井は微笑んだ。蛍光灯の下の青白い笑みに、俺は目が離せなくなる。 「桜井は寮生なんだから部屋で読めばいいのに」  細谷がそう言うと、 「図書室が好きなんだよ、なんとなく」  と、はにかむように笑った。 「そんなもんかねえ」  俺は無言で桜井の横を通ると自分のげた箱を開けた。もたもたしてると桜井は靴をはいて出ていってしまう。 「桜井、図書室にこもるのもいいけど、こんなに遅くまでいると首を絞められてしまうぜ」  榊原がからかうように言うと、桜井の手から鞄が落ちた。奇妙なほどその音は大きく響き、笑った榊原も俺も一瞬驚いて体をこわばらせた。 「な、なに、それ」  桜井の顔が真っ白に見えた。青白い蛍光灯のせいかもしれないが。  細谷が榊原の背中をつついた。 「よせよ、悪趣味だな」 「ああ、ごめん。そんなにびっくりするなんて思わなかったから……」  榊原は謝って桜井の鞄を拾った。 「さっきこいつらと話してたんだ。ほら、二年の野崎って人が今朝死んでて騒ぎになってたじゃないか」 「じ、自殺なんだろ? みんなそう言ってた」 「それが殺人なんだって。宮本が職員室で話してたの聞いたんだよ」  桜井はぼんやりした表情で鞄を受け取った。 「まさか……学校で」 「桜井、大丈夫か?」  俺は桜井を覗き込んだ。うつろな顔っていうのがそうなら、今の彼の表情はまさしくそれだ。 「……」  桜井はそれには答えず黙って俺らに背を向けた。  なんとなく不自然で気まずい沈黙に、俺たち四人も黙り込んで桜井の後を追った。寮生の桜井は俺らと違い学校の敷地を出ることはない。校門の前で桜井に「じゃあな」と告げた。 「あ……真下」  桜井がふと顔を上げて俺を呼んだ。まるでそこに俺がいたことに初めて気づいたような声だった。 「真下、時間ある? よかったらちょっと部屋に寄らないか?」 「ああ、いいけど」  嬉しいことを言ってくれる。俺は榊原たちにかすかな優越感を感じながら、できるだけ軽い調子になるように答えた。
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