手の上のイニシャル

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 夢を見ていた。  夢だということはわかっていた。夢の中の風景は桜井の部屋にかかっているボッシュの絵と似ていた。  荒涼とした荒れ地、草一本はえていない岩だらけの山道。遠くの方で赤く火が燃えている。あれは何かの工場だろうか。白く発光している建物もある。そこからは毒の煙がもうもうと出て空を黒く覆っている。  そこかしこに奇怪な化け物がいる。  あるものは巨大なはさみを振り回し、あるものは魚の頭に人間の脚をくっつけ、またあるものは昆虫そっくりな頭を持って、胴体はふさふさとした毛に覆われている。そしてそいつらはみんな人間を食うのだ。  そこはまさに地獄だった。  俺はそんな場所を走っていた。ただ走っているんじゃない、桜井を捜していたのだ。桜井は絶対この世界のどこかにいる。早くみつけなければ化け物たちに襲われてやつらの餌になってしまう。  化け物が何匹か集まって大きな鍋を囲んでいる。俺はやつらの背後に立ってその鍋を覗いた。 (桜井)  鍋の中にはばらばらになった桜井がいた。  俺は桜井を拾い集めそれを抱えて逃げ出した。桜井は首とか脚とかだけになっていたがまだ生きている。  走っているうちに桜井はちゃんと復活した。さすがは夢だ。都合がいい。  だけどそのうち俺たちは化け物に追われて逃げ場を失ってしまった。 (真下)  桜井が俺の服を掴んで言った。 (このまま二人で逃げても捕まってしまう。だから僕を殺してお前は逃げろ) (何言うんだよ、桜井) (僕を殺せば化け物は追いかけてこない、さあ早く)  理不尽だと思ったがここは桜井の言うとおりにしなければ、と俺は桜井の首に手をかけた。 (僕は一度ばらばらになっているから首をしめやすいよ)  桜井が訳のわからないことを言う。それで俺は思い切り桜井の首を絞めた。 (ああ……)  桜井は首を絞められてにっこりした。それはすごくきれいな笑顔で俺はみとれてしまう。 (だめだよ、もっと強く絞めなきゃあ)  桜井がねだる。俺は手にますます力を込めた。だけどどんなに絞めても桜井の首は糸のように細いので力のこめようがないのだ…… 「…………」  俺はベッドの中でぐったりして目を覚ました。  夢の中で渾身の力で桜井の首を絞めていたのだ。  今日一日の力を既に使い果たしたような気がする。 「…………」  ふとんをめくってがっくりした。  俺は射精していたのだ。
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