第1話 朝

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第1話 朝

 朝――。窓からは朝日が差し込み、鳥たちの可愛らしい鳴き声がきこえてくる。  その日、俺はいつもとほとんど同じ時間に起き、いつもと同じように朝食を食べ、カバンの準備をしていた……のだが。 「……と、後は……あれ?」  しかし、カバンをいくら探っても、ファイルの中を取り出し一枚一枚確認しても、見当たらない。 「どっ、どうしよう……」  なんて情けない声が出るほど、俺は途方に暮れていた。必要なのは今日ではない。でも、今ないモノが明日になったら出てくる……なんて事はないだろう。 「おーい、秋人(あきと)」 「っ!」  そんな慌てている俺に構わず、階段の下から俺を呼ぶ母さんの声が聞こえてきた。母さんが俺を呼ぶ時は大抵、時間がギリギリで早く出ないといけない時だ。 「やべぇ、もうそんな時間か?」  つまり、今すぐに出ないと遅刻確定になってしまう。 「はぁ……遅刻するとあの『鬼教師』が面倒なんだよなぁ」  本当であれば今すぐ部屋中を探したいところだが、どうしようもない。それに、遅刻すると生活担当教師のお説教が長くなる。 「でもまぁ……」  昨日、家に帰って来てからカバンを開けてすらいないのだから、部屋の中にはないだろう。 「仕方ねぇ」  そう呟き、俺はリュックを担ぎ、部活で使う体操着が入った袋を持ちつつ、部屋のドアを閉めて階段を下りた。 「もう、早く出ないと遅刻するでしょ? 何していたの?」  母さんは待ち構えていたとばかりに弁当箱を持って玄関で待っている。 「あー、ちょっと探しモノしてた」 「探しモノ?」 「あっ、でも大丈夫」 「そっ、そう?」 「うん、大丈夫大丈夫」  不思議そうに首をかしげている母さんから弁当箱を受け取ると、逃げるように玄関を出た。 「はぁ……」  思わずそんなため息が出てしまうほど、母さんはとにかく口うるさい。  もし、今の会話の中で「探しているモノがまだ見つかっていない……」なんてなれば怒り出すのは目に見えている。  そして、物は次いで言わんばかりに「ちゃんと日ごろから掃除をしていれば」とか「もらったモノくらいちゃんと確認しなさい」とか言われるに違いない。 「とにかく今日中になんとかしねぇと……」  誤魔化すにしても、どうしても見つからないとなってしまえば教師に言うなり何か方法を考えなければならない。  しかし、果たしてあの教師に「失くしました」で通るだろうか……。 「いや、無理だろうな」  現に失くしてしまった生徒が留年になってしまった例をこの目で見ている。 「…………」  もしこのまま見つからない……なんてなってしまっては、俺の今の成績では危ない。  そして、最悪『留年』となってしまった場合……たった今閉めた玄関をチラッと確認しつつ……ふと自分がつけている腕時計の時刻が目に入った。 「っ、やべぇ!」  とにもかくにも今は学校である。  俺は慌てて玄関の隣に置いてある自転車の前かごに弁当箱と体操着の入った袋を少し乱暴に押し込むと、すぐに自転車にまたがり、急いで学校へと向かった。
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