逆さ虹を見に

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  ◇◇◇  階段をのぼる。高台が見えてくる。  今、天馬が目指している高台は、自然公園の中にあるものだ。下校中にさしかかる階段をのぼると、一気に公園内の高台へたどりつく。  都心部に作られた自然公園は広く、花や木がたくさん植えられている。朝と夕方は自動のスプリンクラーが回る。  寄り道は見つかれば怒られるが、あの逆さ虹をちゃんと見たい。そう思いながら、天馬は高台に出た。  空にはまだ薄く、逆さ虹がかかっていた。だけど逆さ虹の下にかかっていたという、もう一つの虹は消えていた。飛行機雲があるだけだ。  天馬は逆さまの虹が薄くなっていくにつれ、教室での出来事を思い出していった。  虹の仕組みも知らずに騒ぐ子。言葉がうまく出なかった自分。取り残されていく感覚……。重い空気が体に残っているようで、泣きたくなった。 「虹は好き?」  横から声がした。見ると、すらりとした体型の女の人が、褐色(かっしょく)の髪とロングスカートをなびかせ、立っていた。欧米国を思わせる顔立ちで、表情はどこか苦しげだ。 「あなた、どうしてそんな顔を……」  女の人は長いまつげを伏せた。  そして首を揺らしたかと思うと、急に後ろに体をくずした。どさりとにぶい音を立てて、女の人は仰向けに倒れた。耳についたピアスと、左手の指輪が、太陽で光る。  天馬は突然のことに呆然となったが、すぐ我にかえった。  ――倒れたんだ。この女の人を助けなくては。 「し、しっかり」  天馬は女の人に呼びかけ、顔をのぞいた。 「大丈夫か。ぼくの声、聞こえてる?」  顔色は悪く、唇も青い。呼吸は苦しげで、浅かった。 「救急車、呼んだほうがええな」  呼びかけに返事がなかったので、天馬はランドセルから、携帯電話を取り出そうとした。 「……待って」  女の人が薄く目をあけた。 「日陰で、休ませて」  弱々しい声だった。 「熱中症かも」 「わかった」  天馬は女の人に肩を貸して、大きな木の下へ連れていった。涼しい木陰に女の人を寝かせると、水筒から麦茶を注いだ。下じきで女の人をあおぎながら、誰か大人が通らないかと探した。誰も通らなかった。  言うとおり、女の人は太陽の熱にやられたようだった。女の人は麦茶を飲みながら体を休め、唇に赤みを戻していった。
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