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律香の勤務先である総合病院の今村病院の医師として勤める航と、医療事務である律香は彼の告白からはじまった関係だった。
元々、同じ職場に勤める律香と航だが、医師と事務という立場なので、以前はそれほど話すきっかけはなかった。
初めて航と話したのは、律香が短大を卒業して働きはじめて三ヶ月後の桜や藤が散り若葉が広げはじめた初夏だった。
ある日の終業後、病院から出たところを航に呼びとめられた。
「皆月さん」
航は院内でとても目立つ存在で、律香が一方的に知っているだけとばかり思っていたので、突然に名前を呼ばれたことに、ひどく驚いたのを覚えている。
「はい」
律香の声は緊張から少し震えていた。
「これ、落とし物じゃない?」
航は律香の茶色の革製のパスケースに入った電車ICカードを手にしていた。
それはバッグに付けていたもので落ちたのだとわかり慌てた。
「あ、すみません……!」
すぐさま航に駆け寄って、手を伸ばしICカードを手にしようとした律香だったが、彼はすぐには返してくれなかった。
「ねぇ、皆月さん今夜空いてる?」
「……え?」
航は並びのよい白い歯を見せ、柔らかく笑った。
律香の胸の鼓動はドキドキと音を立てる。
航は見た目がいい。
近距離で笑顔を見せられ、ときめかない女性はいないと思う。
「食事に付き合ってくれない?」
それが初めての航からの誘いだった。
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