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数日後、遊章の葬儀が行われた。春休み中には制服の袖に手を通すことは無いと思っていたがまさかこんな理由で通すとは葬儀に参列した同級生は誰一人思っていなかった。
遊章の両親もほぼ泣き通しで参列者の受付をしていた。そんな中、遊章の両親は将人の姿を見つけるなりに駆け寄ってきた。
「浅野くん、今日は来てくれてありがとうね。あの子も喜ぶと思う」
「いえ……」
「こんな時に聞く話じゃないんだけどあの子と喧嘩でもしてた? ほら、あなた急にうちに来なくなったじゃない」
「中学に入ってお互い部活とか忙しくて」
そうは言うが将人は帰宅部である。遊章は剣道部で1年生ながらにレギュラーの座を手にしていた。忙しいのは遊章のみであった。ちなみに遊章が剣道部に入った理由はアニメ専門チャンネルで観たるろうに剣心に影響されたからである。
「そう…… 連れてくる友達もあなたじゃなくなったから、知らない内に縁でも切られたんじゃないかって心配したんだけど」
将人の中では遊章との縁は自然消滅したものと半分諦めていた。こんな形で縁が完全に消滅するとは夢にも思わない。
「おばさま……」
将人と遊章の話に少女が割り込んできた。少女は泣き通しだったのか目を真っ赤に腫らしている。
「由香ちゃん」
小宮由香(こみや ゆか)遊章の彼女である。スクールカースト上位の所謂ギャルにあたる地位に位置する。いつもは中学1年生とは思えないぐらいのギャルメイクに明るい茶髪なのだが、葬式の場とあって極めて清楚な格好をしている。
将人の様なスクールカースト下位の存在にとっては正に殿上人、同じクラスながら話したこともない。
将人は逃げる様にその場を離れた。離れた先では祐也と慎吾が葬祭場備え付けの無料自販機でジュースを呷っていた。
「葬式って式場によってはこういうのあるからいいよな」
「ファミレスのドリンクバーよりよっぽど優秀だよな」
この粗忽者どもめ。将人は2人の頭を軽く小突いた。
「お前ら、不謹慎だぞ」
「せっかくの春休みの一日を葬式で潰してやっただけでも感謝してほしいもんだぜ?」
「そうそう、俺ら須和の奴とあんまり仲良くなかったのに」
何で来たんだよ…… 将人は呆れたようにため息を吐いた。
「仕方ねぇだろ。クラスSNS回ってきたんだから」
将人達のクラスにはSNSのグループがある。スクールカースト上位陣の誰かが音頭を取ったのかは分からないが「最後に須和くんを見送ろう」と言うメッセージをクラス全員に回したのだった。将人はともかく、祐也と慎吾は同調圧力での参加であった。それに伴い、進級したので二度と集まる筈もないと思われたクラスの集まりが行われた。何をするかと思えば「須和くんの家族に送るための千羽鶴を折りたいと思います」とのことだった。スクールカースト上位の遊章と友人関係だった人間は真面目に鶴を折っていたのだが、遊章とあまり付き合いの無かった祐也と慎吾のような人間は嫌々渋々と鶴を折っていた。
「何でせっかくの春休みに鶴折ってるんだろうな」
「そうだよ、2年になったらクラス替えで縁切れるしもうどうでもいいじゃん」
「そんなこと言うなよ」と、言う将人だったが折り鶴は一切折られていない。将人は手先が不器用で折り鶴が折れなかったのだ。
「お前、鶴ぐらい折れるようになったらどうだ? 日本人の教養だぞ」
祐也は呆れたように将人に鶴の折り方を教える。祐也の折るそれは首と羽根の部分を折り間違えたせいで首が太く、翼が細い所謂「にわとり」のような鶴になってしまった。
祐也は鶴の折り方を間違って覚えていたのだった…… 当然、クラスの女子に渡すと文句が飛んでくる。
「ちょっと何にわとり折ってるのよ! やる気あんの?」
「別にいいじゃん。どっちでも」
「良くないわよ! 今すぐ全部やり直して!」
「へいへい」
将人も鶴は折るもののグシャグシャな鶴であった。クラスの女子に渡すと訝しげな顔をしながらの文句が飛んでくる。
「ちょっと浅野くん! やる気あるの?」
「真面目にやってるんだけど」
「こんなゴミを渡されて須和くんがどう思うか考えなさいよ」
俺はあいつじゃねぇよ。それにあいつはこの手のグッズ嫌いだったはずだ。貰ったところで喜ぶとは思わない。いつだったかあいつと一緒にニュースを見ていた時に大震災のニュースがやっていたのだが、そこの被災地に千羽鶴を送ったと言うニュースを見てあいつは言っていた「ゴミを送って何になるのかねぇ」と。千羽鶴を折った目をキラキラ輝かせた女の子は「あたし達も応援してるよ、あたし達はここにいるよって気持ちを込めて折りました。その気持ちが被災者の皆さんにも届くといいです」と、宣っていたが、あいつはそれに対して吐き捨てるように言っていた「鶴より金送れや。誠意は鶴より金額だぞ」正論ではあるが折った人の気持ちも汲まないとと嗜めるがあいつは聞かなかったな。「知らねぇよ、折り鶴や気持ちで被災者の腹は膨らまないだろ? それに折り鶴だって燃やしたり捨てたりするのもカネかかるんだよ。そのカネでパンの一つでも買ってやれよ。下らねぇ。ようは鶴折ってる側の自己満足だろ? 鶴折って被災者心配してるあたし可愛いでしょ? みたいな感じかな」
遊章がそんなことを言っていたのを将人は思い出した。千羽鶴に対して下らないと言っていたのだから多分棺の中に入れても「羽根の角が当たって痛い」ぐらいにしか思わないだろう。
色々といざこざはあったが千羽鶴は完成した。将人の折った鶴はぐしゃぐしゃだった為に女子によってゴミ箱に捨てられてしまった。
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