第一章、チワワを拾ったよ

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激しい雨が将人の全身を濡らす。最近冬服から夏服に衣替えが行われたせいか雨は容赦なく将人の体を冷やしていく。カッターシャツも中に着ている柄物の迷彩シャツもズボンもパンツも濡れきり体が冷える。どうして俺がこんな目に。俺が何したって言うんだ。心の中で雨に対する呪詛の言葉を並べて行く。呪詛の言葉を並べきったところで自宅近くの公園に辿りついた。後はこの公園を突っ切れば家まではすぐ近く。東屋で休んでいこうかと思ったがタオルも何も持っていないこんな冷えた状態で休んでもしょうがない。一気に公園を突っ切ることにした。 普段ならカップルやら犬連れのオバちゃんが腰を下ろしているベンチには当たり前だが誰も座っていない。そのベンチを通り過ぎようとした時、将人の耳に震える声が入ってきた。 「きゅぅ~ん」 将人はその声を聞いて足を止めた。何の声だろうかと辺りを見回すが何もいない。気のせいだろうと再び足を動かそうとすると同時に再びあの声が聞こえる。 「きゅう……」 その声は先程の声に比べて力が弱くなっているように感じた。雨音が激しい中、耳を澄ませるとベンチの方からその声が聞こえているようだった。将人は身を低くしてベンチの下を見た。そこにいたのは真白い小さな犬だった。頭よりも大きな両の耳、それは羽根を広げた蝶を思わせた。その両の耳と耳の間に挟まったリンゴの様に丸い額、その額の両脇に付けられた黒真珠を思わせるキラキラとした涙目の瞳、その両の瞳の間に僅かに出来た山からツンと突き出た黒い鼻。チワワともパピヨンとも区別がつかない小さな犬がベンチの下にいた。 「お前、どうしたんだ? こんなところで」 将人は犬に手を差し出した。ううううううと唸りながら犬歯丸出しの尖った歯を露わにした。 「何だよこいつ」 どうせ野良犬だろう。今は野良犬より家に帰ることが重要だ。将人は再び足を動かして走り出した。公園の出口に着いたところであの犬の顔が頭の中に過る。 「あいつ、このままじゃ死んじゃうよな……」 遠い日の夏休み、この公園でラジオ体操が行われていた。その時、人だかりが出来ていて何かと思い見てみれば段ボールの中に入った犬がいた。段ボールの中にいたのは種類はわからないが子犬のようでモフモフしていた。皆は「可愛い可愛い」と言って撫でていた。将人は連れ帰ることも考えたが「どうせ他の誰かが連れ帰るだろう」としてその場は何もせずに帰った。次の日になっても段ボール箱はそのままだった。段ボール箱の回りには黒いものが音を立てながら飛んでいる。子犬は僅か一日で餓死し、死んだのだった。この夏の暑さのせいか蝿がたかるのも早く、ちらりと見た犬の死骸には動き回る米粒のような蛆虫が集っているのだった。将人にとっては年に一回は夢に見るトラウマとなっている。
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