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厳正はお輪を鳴らした。和室中にチーンという音が反響する。アーサーはそれに合わせてまんまんちゃんのポーズをとった。
「君から前の飼い主の話を聞いていてよかったよ。聞いてなかったら温情で返していたところだ。娘さんもあの歳で犬より旅行優先するとは。命を慈しむ心も教えられないと得られないのかねぇ! 学校の道徳の授業もどこかズレてるからなぁ。絶対ろくなものにならない」と、厳正は吐き捨てた。それに対して肯定も否定もせず流してアーサーは凛とした口調で言う。
「もう僕はここの家族ですから」
「そう言って貰えて心から嬉しく思うよ」
「あいつら、この家のこと犬さらいみたいなことボロクソに言うでしょうね」
「ああ。俺らに聞こえないところ…… インターネットやSNSの上で言うだろうな。自分たちが犬より旅行を優先したことや保健所に連れて行こうとした自分に不都合なことを隠して言い回るだろう。その事実を知らない同じような愛犬家がうんうんと頷きうちら家族を犬さらいと唾棄するだろう」
「自分で言うのもなんですけど、テレビに出てる有名犬ですよ僕。ここからあの犬はさらってきたって変な噂とかならなきゃいいんですけど」
「考え過ぎだ。もしこんなことになったらあいつらが君を保健所に連れて行こうとした事実をぶちまけるだけだ。この手の正義っていうのはドリルと同じでグルングルン回転してるものだ。味方は増える」
厳正はそう言いながらアーサーの頭を優しく撫でた。その時、将人が障子を開けた。
「こんなところにいたのか。もう寝るよ」
将人はアーサーを抱き上げて二階に戻って行った。障子が閉められると同時に厳正は再びお輪を鳴らした。
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