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主君の命令。
たった数秒で吐き捨てた令は余りにも残酷な内容であった。
言葉をかわす生き物として、許された自己表現の全てを、事もあろうか消滅の火で燃やせと言った。
その瞬間、ヘカテー自身は何を思ったのだろうか。
俯いたまま顔をあげようとはしない。少し垂れた長い前髪のせいで表情はわからない。
だが、僅かに見えていた口元が囁くかのように小さく動いた。
俺にこう見えた。
『ごめんなさい』と。
謝罪の想いが言葉となり、口元からやや高い位置から雫が零れ落ちた。
止せ。謝るな。
全てを諦めたときに人は謝りがちだ。
これまでの後悔が脳裏に蔓延り思考の電気信号を阻害する。
彼女は全てを捨てようとしていた。
近づこうと試みたが、終焉の火柱が彼女を囲う。
それから何秒燃えていただろうか。
徐々に火柱の威力は収まり、残り火が微かに宙を舞っていた。
終焉に包まれた彼女の姿が少しずつ現しはじめた。
その時だった。
これまで遭遇したBOSSとは違った圧力を感じたのは。
全身を漆黒に染めた彼女が立っている。
ヘカテーは無表情のまま辺りを見渡していた。彼女は何かを捜しているような仕草を見せた。
その動きは数秒間。その彼女は掌の上で色を失った揺らめく小さな炎を出現させた。
大きさにして数センチにも満たない小さな炎。生れたての幼い炎。
それを彼女は、まるで誕生日ケーキの上に灯るローソクの火を消すかのようにゆっくりと息を吹きかけて消した。
その瞬間、グデンファーをはじめ多くの戦士の武器が一瞬に粉々になって砕けた。
本当に一瞬のことだった。
彼女の僅かな動作で武器破壊を行った事に圧倒された一同。
「全てを壊す破壊神……完成したのです……美しい!想像以上ですぅ!!イッヒ」
ヘカテーの姿を見て満面の笑みを浮かべて涙を流すゼーフィア。対照的に無口のままゼーフィアを見つめるヘカテー。
「さぁ!お待たせ致しました!!最強の武器ヘカテーを手に入れました!さぁ、副総。反撃させていただきますよ?!おや?先ほどまでお持ちでした武器はどうされたのですか?イヒヒヒヒ」
卑しく笑うゼーフィア。
だが、喜んでいたのはただ独りだった。
「さて、感情という足枷を外したヘカテーよ、この者達から消しなさいっ!!」
涎を垂らしながらこれから始まる殺戮の舞を楽しもうとしている。
グデンファーは武器を失ってもなお同じ構えで応戦しようとしていた。
「武器を失っても、最期の一瞬まで剣士でありたい……か。流石です副総ぉおお!!まずは貴方からですぅ」
ゼーフィアは指差し、彼を殺せとの命令を下した。
が、沈黙のまま時が過ぎた。
「どうしたのです?ヘカテー。早く彼から始末しなさい」
ヘカテーはゼーフィアの顔を見たまま動こうとしない。
温い風が辺りを覆う。
ヘカテーは先ほどと同じように、今度は指先に色の無い炎を出現させた。
「ま、待て……待つのですぅ!」
焦る彼に対し、まだ一言も話していない漆黒のヘカテー。
動作は単純。
彼女が優しく息を吹きかけたときに、ゼーフィアのライフゲージの色も色褪せて消滅した。
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