第32話 後継者と秋山からの依頼

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ゼーフィアという存在を形成していたモノはもうこの世界にいない。 始めから存在していた事が嘘だったかのように忽然と姿を消した。 存在しない。 姿はおろか、あの独特な声も、剣士としての威圧感も。 色褪せたライフゲージは底面から砂状化し、まるで砂時計かのよう。 【デッド:ゼーフィア】 彼がここにいたという唯一の証は、死者となった表記のみ。 彼を奪ったのは、彼女ヘカテー。 彼の命令で感情を奪われた彼女が、ゼーフィアの命を奪ったのだ。 なんとも、呆気なくも自業自得であった。 そんな彼女は、今もなお無口のままこちらを見て立ち尽くしている。 この異空間を造り出した元凶は消滅したが、終焉(しゅうえん)を完璧に操る化物を産み出した事は残された。 「うむ……この状況、如何(いか)にせん、Dr.徳永」 この世界の事の処理は置いといて、総隊長ハバの安否を知り、ゼーフィアも目の前で消滅した。 蒼の一撃としてはこれ以上の被害を出したくないのだろう。 グデンファーも片腕を失った。傷口を視るにこの禁足地から出たとしても、おそらく修復は見込めないだろう。 何よりアリスの精神状態は他の誰より重症…… 他の者も疲弊しており、武器を破壊された者も多数出ている。グデンファーでさえ丸腰だ。 「なぁ。俺に聞くって事は、その先の考えを発言しても構わないって事だよな?」 俺は乱れた白衣をしっかりと着直した。 「ん……まさか、お主……!!」 「ん?こんな展開は、あんたでも初めてか?」 ファラオから受け継いだ包帯をしっかりと拳に巻き直す。 「 蒼の一撃(あんたら)はどうしたいかはわからんが、退くなら止めはしない。ただしアリスは置いていってくれ。彼女の治療はまだ終わっていない」 「残された武器も少ない。それにお主はサポート特化のジョブ……魔法を唱えれば、またアリスがお主の命を奪いに襲うかもしれぬぞ?……まさか、ヘカテーに魔法を唱えさせ、まだ武器を所持してるアリスと闘わせると言うのか?!」 「闘わせる……か。それも考えたさ……だが、剣を握れなくて苦しんでいる者に『闘え』と捲し立てる事は『治療』とは呼ばない」 「では、いったい誰が……はっ!」 何度も握り直す俺の仕草をみて、グデンファーは気づいたのだろう。 「そう。俺は攻撃力をもたない御荷物要因(フティリティー)。だが、この包帯さえあれば、ファラオと同等まではいかなくても、腕力は上昇する。攻撃力を持たなくとも、腕力があれば『倒す』ことはできなくとも『制止』させられる事は不可能ではない」 「!!お主、まさかヘカテーのライフゲージを削るのではなく、気絶狙い、つまり『スタミナキル』を狙うと言うのか?!」 「そう」 グデンファーのいう通りさ。 攻撃力を持たない俺が攻撃に転じれば、そうなる。 「た、確かに、それであればアリス君からの魔女狩りにも遭わぬが……」 「(たぎ)るだろ?」 「!?お主、今何と言ったのじゃ?」 「最弱の治癒師(ヒーラー)の素手による物理攻撃のみで、あんな化物染みたBOSS(大物)と命を掛け闘う。『(たぎ)る』だろ?心がさ」 「……はっはっは!!ワシとしたことが、お主に思い出させられるとはのぅ。お主の何一つ諦めてない眼を見て、腐りかけた心が癒えたわぃ」 攻撃の構えに入る俺とグデンファー副総。 まともな武術は未修得である治癒師と、剣すら持っていない剣士。 それでも、俺たちは誰よりも最前線で立ち向かおうとしていた。 溢れる。 何度も溢れる熱量をコントロールし、目の前を見つめる。 俺たちの見つめる先に、漆黒の破壊姫、ヘカテー。 彼女もまた、色の無い炎を纏いながら此方をじっと見つめていた。 「さぁ……止めようか。あのヘカテーを」
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