第32話 後継者と秋山からの依頼

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生物にとって予期せぬタイミングは必ずある。その時に外的要因が加われば自ずと負の要因が発生するのは当たり前の事ではある。 発動直前で強制的にスキルキャンセルされた者にかかる負荷は大きい。 それは終焉(しゅうえん)を宿したヘカテーも例外ではなかった。 勿論、俺の嫌がらせ(グリーフィング)行為を受けたからといって、ライフゲージを失うわけではない。ただ、代わりとして、気力を表すスタミナゲージの減少が生じた。 「治癒師(あいつ)……デタラメじゃないか……」 蒼の一撃のメンバーから声が漏れる。 最前線で、相手の攻撃に対し、臆することなくスキルキャンセルを次々に成功している。 彼らにとって目の前に広がる光景は理解し難い内容なのだろう。 一歩間違えれば、ヘカテーの攻撃を全身から浴びることになる。彼女が操る炎は通常の攻撃とは違う。 魔法は魔法なのだが、魔女狩りのアリスでさえ攻撃に転じようとはしない。 それは、ゼーフィアに対する怯えなのか、同じ被害者であるヘカテーへの同情なのかそれはわからない。 だが、少なくとも今のヘカテーからは、アリスに対する同情心は1ミリも感じない。 感情を失ったヘカテーは無表情のまま、今も俺たちに炎の刃を此方に向けていた。 「!?あのモーションは……」 ヘカテーは、仕切り直しで先ほどと同じモーションを行った。 あれは掌で生み出す終焉(しゅうえん)の炎からの遠隔技。 俺は、モーションにあわせて彼女の手首を狙おうとした。 ……。 本当にそうなのか? 先ほど防がれたモーションを続けて何回も行うだろうか。 彼女の手首に触れる少し前に、ふと疑念が過った。 そして、 不安は現実になった。 俺が手首を狙おうとした瞬間、彼女は無防備だった手首を柔らかく捻り返し、身体をくるりと回転させた。 俺のスキルキャンセル、つまり嫌がらせ(グリーフィング)行為が来ることを見越して、彼女自らスキルをキャンセルさせた。 いや、 正確にはスキルをキャンセルしたように見えただけ。 攻撃モーションと同じ動作をして、俺が近づくのを狙っていたのだ。 『フェイク』 見事に俺は彼女の動作に、まんまと釣られたわけだ。 ヘカテーは無防備な俺に対し、詠唱しなおした炎で焼き殺そうとした。 そのとき、 誰かが俺の身体を掴んで彼女の攻撃から防いでくれた。 「む、無茶しないで……ください……二人とも……」 助けてくれたのは、アリスだった。 ゼーフィアの件で彼女は心に大きなダメージを受けたばかり。 剣も握れないほど衰弱していたのに、 それでも、彼女はピンチから全力で救ってくれた。 ヘカテーの攻撃は無事に空振りに終わる。 それにしても、こんな姿をズンセックに観られでもしたら、猿真似だと笑い者にされるだろうな。 嫌がらせ(グリーフィング)行為の真髄は『情報』。 相手の行動パターンや癖を把握し、分析した上で、どの距離にいれば安全に、そして効果的に『パリィ』ができるのかをはじきだして行う超がつく程の上級テクニック。 ズンセックのモーションを、ただ真似しているだけでは、今のようにリスクがすぐに押し寄せる。 こんな状況下で、ズンセックの唯一無二のオリジナルスキルなんだと改めて感心してしまった。
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