第32話 後継者と秋山からの依頼

45/49
前へ
/345ページ
次へ
まさか、俺に対して毒舌を吐く元気をみせるとはな。 思い、悩み、苦しんでいたにも関わらず、心までも恐怖に縛られまいと、自我を忘れぬよう努めていたのだろう。 たとえ、今が剣を振れなくとも、自分が本来の自分で無くとも、信頼し付いてきてくれた仲間を失うわけにはいかない。 そんな彼女の意志が垣間見れた。 『上出来』じゃないか。 地位に傲らず、部下を無下にせず、たとえ身が滅ぶかもしれない状況下であったとしても、最期まで『自分であること』を忘れない。 出来そうで出来ないさ。 グデンファーといい、 アリスといい、 蒼の一撃にいる三翼は、いい奴等なんだろうな。 いい奴だったんだろうな……。 「剣を握り続けると言うことは、また貴方の身体に刃を向けることを意味しますよ?」 「安心しろ、俺は医者だ。治せないモノはない。勿論、治せない者もいない」 俺はアリスの頭を優しくポンポンと叩いた。 「ヘカテーを止めるぞ?手伝い、頼めるか?」 アリスは俺の言葉を聞いた後、持っていた武器を強く、また強く握り締めていた。 「えぇ……勿論よ。あの娘もまた……ゼーフィアの被害者だわ。私が止めてあげないと」 そう言って、真っ直ぐヘカテーを見つめているアリス。 眼は死んでいない。決して目を背けることなく、ただひたすらに一点だけを見つめている。長い(まつげ)と大きな目が見るものの視線を釘付けにする。 悪くない。綺麗な瞳だ。 なら、 くすませるわけにはいかないよな。 「グデンファー。頼めるか?」 「うむ。如何様にでも」 アリスを護らせるのもいい。だが、片腕を無くしてもなお、あのヘカテーと対等の覇気を持っていた。 グデンファーがいれば、この場を抑えられそうなんだが…… その時だった。 とある違和感に気がついたのは。 俺の影が少し波打ったように見えた。 俺の影は湖なんかではない。影に向かって斧を投げつけても何も起きない。 だが、小石が着水したような波紋が俺の影上で起きていた。 すると、波は次第に大きくなり、俺の影を揺らしていた正体が、ゆっくりと現れた。 金色の仮面により相変わらず無表情。おまけに喋らないので、何を考えているかわからないというオマケ付き。 「お前……まさかずっと俺の影に潜んでいたんじゃねぇだろうな?」 俺は疑いの目を向ける。 目線の先に雄々しく立つ、化物が1人。 【ファラオ・メルエンラー】 無口な化物は、幸か不幸か俺の前に現れやがった。 以前、降参させた事に対して恨んでいたのか。それとも、王族の包帯のレンタル期限が来てしまい、返却の催促に現れたのだろうか。
/345ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1041人が本棚に入れています
本棚に追加