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まさか、俺に対して毒舌を吐く元気をみせるとはな。
思い、悩み、苦しんでいたにも関わらず、心までも恐怖に縛られまいと、自我を忘れぬよう努めていたのだろう。
たとえ、今が剣を振れなくとも、自分が本来の自分で無くとも、信頼し付いてきてくれた仲間を失うわけにはいかない。
そんな彼女の意志が垣間見れた。
『上出来』じゃないか。
地位に傲らず、部下を無下にせず、たとえ身が滅ぶかもしれない状況下であったとしても、最期まで『自分であること』を忘れない。
出来そうで出来ないさ。
グデンファーといい、
アリスといい、
蒼の一撃にいる三翼は、いい奴等なんだろうな。
いい奴だったんだろうな……。
「剣を握り続けると言うことは、また貴方の身体に刃を向けることを意味しますよ?」
「安心しろ、俺は医者だ。治せないモノはない。勿論、治せない者もいない」
俺はアリスの頭を優しくポンポンと叩いた。
「ヘカテーを止めるぞ?手伝い、頼めるか?」
アリスは俺の言葉を聞いた後、持っていた武器を強く、また強く握り締めていた。
「えぇ……勿論よ。あの娘もまた……ゼーフィアの被害者だわ。私が止めてあげないと」
そう言って、真っ直ぐヘカテーを見つめているアリス。
眼は死んでいない。決して目を背けることなく、ただひたすらに一点だけを見つめている。長い睫と大きな目が見るものの視線を釘付けにする。
悪くない。綺麗な瞳だ。
なら、
くすませるわけにはいかないよな。
「グデンファー。頼めるか?」
「うむ。如何様にでも」
アリスを護らせるのもいい。だが、片腕を無くしてもなお、あのヘカテーと対等の覇気を持っていた。
グデンファーがいれば、この場を抑えられそうなんだが……
その時だった。
とある違和感に気がついたのは。
俺の影が少し波打ったように見えた。
俺の影は湖なんかではない。影に向かって斧を投げつけても何も起きない。
だが、小石が着水したような波紋が俺の影上で起きていた。
すると、波は次第に大きくなり、俺の影を揺らしていた正体が、ゆっくりと現れた。
金色の仮面により相変わらず無表情。おまけに喋らないので、何を考えているかわからないというオマケ付き。
「お前……まさかずっと俺の影に潜んでいたんじゃねぇだろうな?」
俺は疑いの目を向ける。
目線の先に雄々しく立つ、化物が1人。
【ファラオ・メルエンラー】
無口な化物は、幸か不幸か俺の前に現れやがった。
以前、降参させた事に対して恨んでいたのか。それとも、王族の包帯のレンタル期限が来てしまい、返却の催促に現れたのだろうか。
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