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脱力しきった身体はゆっくりと倒れ始めた。意識もなく、口を空けたままのヘカテー。大海のど真ん中に飛び込み、徐々に光が届かない深海へとゆっくり沈んでいくかのよう。
誰にも邪魔されず
誰にも邪魔してもらえず
ぬるりと深みに堕ちていく
だが、
無防備な彼女の身体を倒すまいと抱き止せたのも、またライであった。
「制圧完了っと」
「一先ず危機は去ったようじゃの」
尻を着けたかと思えば、両手を地面につき、大きな巨体を上下させながら呼吸をしている。流石の副総も疲れを見せていた。
流石、誰よりも戦場が似合い、誰よりも慕われた男だった。武器を持たずとも、これまで培ってきた覇気をちらつかせながら、パリィを成功させるだなんて他のプレイヤーでは真似できない。ましてや、死ねば無事じゃ済まないというこの禁足地で、ヘカテーのような化物級に対し臆することなく距離を詰められるプレイヤーは他にいるだろうか。
「すまない」
「何がじゃ?」
「いや、治癒師でありながら、あんたの腕の治療法が思い浮かばねぇ」
欠損したままの片腕付近を見るグデンファー。
「お主が謝ることはなかろう。これはワシが戦闘時に受けただけの事。それに」
「それに?」
「……それに、お主のジョブは『たまたま治療師』というだけのこと」
続けてグデンファーはライに話した。『ジョブ』と『役割』は似て非なる物であることを。ライの思考傾向や行動パターン、それに他者への配慮を鑑みるに、治療師の枠組では収まりきってなどいない。場の支配、説得力、行動力、どこを切り取っても指揮官クラス。ましてや、蒼の一撃のような大型ギルドをも、たった1人で飲み込んだ。それをただの『サポート』という言葉なんかでは片付く問題ではないと。
「……ん」
頃同じくしてヘカテーが目を覚ました。
「大丈夫か?ノーガードの所に衝撃与えてすまなかったな」
「……助けた。なぜ?」
ヘカテーは口を開いた。まだ心を壊す前と比べ言葉の数は少ない。
「何故って言われてもなぁ~。それに、別に助けたんじゃないからな?止めたかっただけだ。攻撃力を持たない俺がラストアタックをしたから『たまたま』助かっただけの事」
ライの言葉に偽りはなかった。
「……では、何故止めたの?」
ヘカテーからの問いが続く。鋭い質問であり、蒼の一撃のメンバーを含め多くのプレイヤーが同じ理由を思い浮かべていた。『敵であり、禁足地から脱出すのに邪魔だから』と。
だが、ライは違った。
「ヘカテーに用があってな。なぁ、ヘカテーの宿している『終焉の炎』の力って、何でも燃やせる事ができるのか?」
ヘカテーを含め、周りの者全員が驚いた。襲いかかってきた敵に戦い以外の『用がある』とは想定外だった。
「……違う。燃えるのはあくまで過程。終焉は、壊す力」
応えるヘカテー。返答をもらったライは少し考えたあと、彼女に対して再度質問をした。
「壊す力か……そうなるとグデンファーの腕を治すのは難しそうだな……。じゃあさ、アリスが宿してしまったゼーフィアの力を、ヘカテーが『壊せる』か?」
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