第33話 リコ 欲しがりにつき

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 蒼の一撃からのオファーは正式な形ではなく、アンダーの話で内々で交渉されてきた。初めは疑ってはいた。ギルド蒼の一撃と言えば剣士のジョブを選択しているプレイヤーであれば認知度100%と断言してもおかしくない程である。そんなギルドからの非公式オファーだなんて信じる方が難しい。  でも、彼女が交渉の場に出てきたときに、私の疑念は払拭した。それは、つむじ風で全てが吹き飛んじゃうくらいにビュッと一発で。  当時交渉のテーブルについたのは現在の蒼の一撃の総隊長『アリス』さんだった。彼女は当時の(9)番隊長。そんな彼女が「初めまして。二刀流バーサーカーのリコさん」と言いながら、私一人のプレイヤーとの交渉だけに遭いに来てくれた事を今でも鮮明に憶えている。  そして、私が断りの返事をしたことに対しての驚いた表情も今でも忘れられない。  勿論、アリスさんも私が入りたがらない理由を聞いてきたわ。「皆さんと組む理由がありませんので」と断ったら、案外彼女から「交換条件があります」と言ってきた。  この場合の『交換条件』って、『私が負けたら貴女を諦める。私が勝ったら蒼の一撃に入りなさい』だの、私にとって全くのプラスにならない脅迫染みた内容だと勝手に想像してしまった。でも、当時のアリスさんはそんなくだらない条件を押し付ける為に、あの場に来ているわけではなかったの。 「貴女の強さの秘密を見せてください。代わりに私の秘技をお見せします」  あの言葉を聞かされたときに、私の中の『バーサーカー』の心を上手く擽られたと感じたの。  同じギルドで『仲間』としては活動できなくても、『一剣士』として交えてみたい。そんな彼女の探求心が私の好奇心を刺激した瞬間でもあった。  その後は実際に剣を交えた。  攻撃モーションの速さゲージに極振りをしていた当時、最速の連撃と誇っていた私の舞いであったが、抜刀したアリスさんに簡単に凌がれたの。同じ剣士に全モーション対応された事に対して味わったことの無い絶望感を感じたの。  それから、彼女の技を見せてもらった筈なんだけど、ショックが大きすぎて、はっきり言って憶えてない事だけを憶えている。 「負け……ちゃったの?」  心配そうに見つめてきたソネルちゃん。今はこの大切な仲間を不安にさせてはいけないのだと、私は純粋にそう思った。  勝負は必ず『勝ち』と『負け』が存在する。記録という結果としての勝敗は残ったとしても、記憶としての勝敗も『負けたまま』にしておくべきではない。  「大丈夫。勝てるようにこれから強くなるんだから」  過去の結果に溺れてはいけない。  結果から前進する姿勢。  それこそが次を生み、明日を形成し、未来を繋ぐ事なんだと思う。 「着イタゾ?」  新しい扉を知らせる声が私達の心をノックした。  大丈夫、今なら前へ進める気がする。  私達の目の前に広い湖が広がる。霧で湖上の様子がわからず、なんとも神秘的な雰囲気を醸し出していた。 「この湖で強くなれるの?」 「アァ隠レテイル」  湖であれば海竜系のBOSS、もしくは魚系のBOSSが一般的である。テローゼちゃんの事だから、またゴースト系の魔物と闘えだなんて事になるかもしれないと絶望しかけたけど、これなら大丈夫よね。 「準備ハイイカ?」  さぁ、どうぞ!八岐大蛇(ヤマタノオロチ)でもリヴァイアサンでも何でもかかって来なさい。私達が相手になるわ。  すると湖上の濃い霧が晴れ始め、湖上に浮かぶ大きな物体が姿を現し始めた。マストが折れて、木材が剥き出しになっており、帆は損傷が激しく、風を受けるという本来の役割を果たしていない。 「テローゼちゃん、ままさか……」 「アァ。幽霊船(ゴーストシップ)ダ」  私の心は見事に砕け散りました。
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