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首を狙いたければ狙えばいいさ。無防備にさらされた部分には覆い隠す物は何もない。
傷を最小限に留める秘宝、包帯さえ……
鳴り止まない警告音が俺の身体を膠着へと導こうとしている。震えや焦りが緊張を生成するが、いつもよりやや荒い呼吸で体内から無理矢理、外へと出す。
ギリギリの状況は嫌いだ。
俺が治癒師というジョブを選び、そして今も選び続けているのもその為だ。
悩み、苦しみ、傷ついた人に対し寄り添う医者である親父を心のどこかで尊敬していた。
親父のやってきた事と比べれば、俺のやっている事はオママゴト程度かもしれない。
でも、疼いては拭いきれない違和感を払拭したい。
両親を失くし、目指すべき目標を奪い取られた俺のように……
『俺以外もう誰も傷かせはしない』
頭上に小さな光が差した。僅かに照らした光は希望の光ではなかった。
温かみを感じさせることはなく、群青色の風が漂い、淀んだ冷気が1点に凝縮しては金属を妖しく撫でていた。
鎌の先だけが宙で光っていた。
「ライくんっ!!」
リシャミーの声が耳に入るよりも先に、死神ネルガルは俺の喉を最短で振り下ろしていた。
死ねば全てが終わる。お別れの挨拶も出来ずに、反省会すらさせてもらえない。
治癒師ライの活動がここで終わりを告げ、明日以降は何の痕跡も遺せやしない。
誰も救えなくなる……
だから抗う。
どれだけ絶望的であっても、
負の感情で前が見えなくても、
これまで活動してきた信念という炎を、絶えず育み、絶えず灯しては宿してきた心を閉ざさなければ……
「見えなくても、見えてくるさ。逆転への『活路』がな」
腕を首もとへ近づける。
か細い細腕には受け継いだ意思をしっかりと撒いている。
鎌は俺の腕はおろか、包帯さえ損傷することなく衝突するだけに留まった。
「ライくんがヘルナンデスさんの攻撃を受け止めた時と同じ……」
鎌であろうと、拳であろうと。
魔法ではなく【物理】による攻撃であれば、古代の英知が勝る。
手負いの兎を仕留めようと、姿を晒した死神は思わぬ結果と遭遇した。
【ダメージ:1】
これまで数多くのプレイヤーの生命を刈り込んできた鎌は、逆刃のように本来の輝きを魅せる事はなく終わった。
「じゃあな?」
俺はこれから別れるBOSSに対し挨拶をした。死神ネルガルからすれば初めての体験だったのだろう。これまでは、プレイヤーを一撃で殺していたから、言葉を交わすという行為に巡り会うこともない。
握られた鎌が俺の手首に当たったまま硬直した。
その隙を俺は見逃さなかった。
鎌に対し、パリィを行い死神ネルガルは体制を大きく崩す形となった。
その時にネルガルは気づいたのであろう。自分の身に襲いかかる驚異を。
「刈られる側に刈られる気分はさぞかし不愉快なんだろうな?」
別れは必然だった。
ハイカカオ特有の煽り染みた言葉が終わりを迎えた時に、死神ネルガルの身体は複数に裁断され、何もなかったかのように空気と同化した。
ライフゲージさえも。
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